二次創作:ふたり暮らし

 ふたりで暮らす。 
 憧れの漫画家である古印葵の現状を知って、療養するために、なにがなんでも、と説得し一緒に暮らしてもらえることになった。
 人ひとりの人生を抱える心積もりはあったけれど、それが覚悟とまでいっていたかと考えると、怪しい。
 ふたりで暮らすならば、それなりの出費が嵩むこともわかってはいた。
 金で解決できることならば、今の私にはなんだって解決できる。だから大丈夫。なんてのは、実際にかかる費用を目の当たりにするまでの、希望的観測だったかもしれない。
(あんなに狭い部屋なのに、原状回復費用がえぐい…)
 敷金がこんなに意味ない金額あるのか……と、矢晴のアパートの退去にかかる費用の請求書と明細を見て、驚いた。必要な額が高額すぎて、出すのが惜しくなったわけじゃない。あんな劣悪な環境から脱するにも、膨大な金が必要で、それがないからあんな環境に留まるしかなかったのだと知った。
 『精神科に通っているらしい』というのは担当からの情報で知っていた。『幻覚・難聴・嘔吐が治らないから』『過労あるある役満ですけど』なんて軽い話題にされてしまっていたけれど、本人の病的なまでの細さと生気のなさを目の当たりにすると、それ以上に身体も蝕まれているのだと推測できた。それでも、生きていてくれたことへの喜びが勝る。
 身体の不調を抱えたままでは精神が健全な状態へと進むことすらできないだろう、とまずは全身の健康状態のチェックが必要だと考えて、人間ドックを申し込んだ。健康状態の確認にすら、それなりの金額が飛んでいく。
 業者に依頼した引っ越しも、療養に適した快適な住空間の用意も、日々の暮らしのための準備も、諸々、金がなくてはやれないことばかり。ふたり暮らしを夢見ていろいろと買い揃えるのは楽しかったが、私がそうやって出費するのを彼は好ましく思っていないようだった。
 過度な贅沢をしているつもりも、させているつもりもない。生活に必要なものを揃えただけ。それなのに。
「あの……。ほんと…、このパジャマとか…。私のものを新しく買い揃えなくていいですからね。申し訳なくなるので」
 私の家での初めての夜、彼は俯いて言った。
「全部、私のわがままだと思ってください」
 気に病んでほしくなくて、それに全部私が勝手にしていることだし、と本心から応えた。
『そりゃ金なんて命より重いですよ。だから泥棒は金を盗んだんだ。現実問題、「たかが」じゃあない』
 金が命よりも重いことなんて、あってはならない。けれど、金が無いばかりに軽く失われる命があることもわかる。知っている。だったら、私が手に入れた使い切れないほどの金を、古印葵の、福田矢晴の命をこの世界に繋ぎ止めるために使いたかった。
――何者にも代え難い。ただひとりの。私に幸せをくれた人だから。
 窮状から救った、などと言えば美談にもなろうが、実情はと言えば、私の欲望を満たしたいが為に彼の現状を利用しただけだろう。
――共に暮らし、共に人生を歩む相手が欲しかった。
 有り余る金で福田矢晴の人生を買い取った、と糾弾されてもおかしくない気がする。
――それでも。
 手を差し伸べず同情の声だけあげて善人ぶるような偽物には、なりたくなかった。















着手:2022/09/04
第一稿:

コメント

匿名 さんのコメント…
久しぶりに読み返してみました!うん、うんと頷きながら味わいました。
純の想いがにじみ出てますよね。福田矢晴の人生を買い取ったと糾弾されてもおかしくない、なんて考えてしまうくらいに。
善人ぶる偽物になりたくなかったと思う純は、矢晴の「本物になってみろよ」という言葉を聞いてどう思ったんだろうか、などと想像してしまいますね……。