二次創作:チョコレート
空気が温んで梅から桜へと花の景色が移ろうかという頃、『望海可純』宛に大きな荷物が編集部から届いた。
いつものファンレターよりもひとつひとつの包みが大きいバレンタインギフトの山。
編集部で仕分けされ確認されてから作家の元へ届くから、届いたもの全てではないと純は言う。それでもこんなに、と驚くほどの量が『売れっ子漫画家』の人気のほどを見せつける。
4人掛けのダイニングテーブルいっぱいに広げられたチョコレートは、それでもまだ半分にも満たなくて。
「ひとりじゃ食べ切れないから、矢晴も食べたいのあったら食べていいよ!」
と、純は屈託のない笑顔で告げる。
望海可純のファンが、望海可純や望海可純の生み出したキャラクターたちへ愛を伝えるために選んだ品々を、望海可純でない私が食べてしまうのもなんだかおかしなことで、贈り主たちにも失礼な気もしてしまう。だが、たしかにこの量を純ひとりで消費するのは不可能に近い。
「これ……」
目についてしまったひとつを純に差し戻すように渡す。純は少し首を傾げる。
「これは私は食べられない」
純は首を傾げたまま、私が渡したチョコレートのパッケージをしげしげと眺める。そして小さく「あ」と声を発した。
瀟洒なデザインのパッケージに記された『Liqueur』の文字。
依存症となってしまった私のアルコールへの異常な執着が、それらを目敏く見つけてしまう。
「そっか、こういうのもあるんだっけ」
思案げに呟く純をよそに、私は見つけてしまったアルコール入りのチョコレートを視界の外へと追いやるように次々とよけていく。
「えらいね、矢晴」
名を呼ばれ、視線を上げれば純は満面の笑顔で、私がよけたチョコレートを仕分け用に用意した箱に詰めて私の視界から完全に消していく。
いつもは子供扱いされているようで少し嫌な気分になる言葉なのに、なんだか今は本当に褒められているような気がしてくすぐったい。
狡い気持ちで純の目を誤魔化して、食べてしまうこともできたはずだけれど、私は正直に断酒の意志を示すことができたのだ。純が褒めているのも、そういうことだろう。
純の言葉を素直に受け取ってしまうと、なんだか照れくさくなってしまって、純の顔を見ていられなくなってしまった。
着手:2022/03/15
第一稿:2022/03/16
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