二次創作:ファンレター
編集部での打ち合わせを終えて帰ってくる純は、いつも大荷物だ。
『今週分のファンレター』だけで大きな紙袋がはちきれんばかり。それが毎週なのだから、売れっ子漫画家の人気のほどがうかがえる。
「今日もすごいね」
ダイニングテーブルいっぱいに広げて、純が手紙やプレゼントを仕分けている。作家宛、キャラクター宛、プレゼントについていた伝票も捨てず。これが毎週、毎月、毎年。すべて保管しておいてはどれだけ大きな倉庫が必要だろうかという量になるだろう。
「ねー。ファンの子たちの熱量がすごくて」
わざと外しているのか、私の意図した言葉に対する返答にはなっていない。だが、普段、純は自身の漫画を『野暮ったい』と嫌ってはいるが、その漫画を楽しんでいるファンは大事にしているようだ。
「もう量が多くて、一通ずつには返事書けないけど」
「ちゃんと返事出してるんだ?」
「ええ。ファンレターの返事って、もらうとすごく嬉しいの知ってるんで」
「へえ……」
ファンレター。私自身はA誌で短編を不定期に掲載していた頃に、数えるほどだがもらったことがある。嬉しくて、返事も書いた。ひとり、熱烈なファンがいて、あまりの熱量に圧倒されて、返事にも熱がこもったことがある。
――丸っこい可愛らしい字で……、たしか、名前は……うえ……?
と、記憶を辿った先、写真のように鮮明に当時もらった手紙の映像が浮かぶ。
――うえ……上……上薗……。……純?
今まさにその手紙がこの手の中にあるような、鮮明さ。その手紙に書かれた名前は、同姓同名でなければ、紛れもなく、今目の前にいるこの男の名前で。一瞬にして、顔が熱くなるのがわかった。
「……私……、純からファンレター、もらったこと……あるね?」
「!! 古印先生、覚えててくれたんですか?」
覚えていたわけじゃない。今、思い出してしまっただけ。
漫画家としての記憶のあれこれにまとめて蓋をして、見ないようにしていた。思い出してしまえば芋づる式にあれやこれやと去来する。
「古印先生からもらったファンレターの返事、宝物です!」
無邪気に喜んでいる純とは対照的に、まるで黒歴史を暴かれたような恥ずかしさが心に満ちる。
たしか、もらったファンレターを捨てたことはなかったはずだから、この家に持ってきた荷物のなかに、純の手紙が入っているかもしれない。
けれど、純の手元には、私からのファンレターの返事が大切に保管されているらしい。今より若い頃の、ちょっと熱のこもってしまった、手紙が。
――うわ……、恥ずかしい……。
自身の書いた手紙のことを考えると、恥ずかしさで爆発してしまいそうになる。事実、頬や耳に内側から感じる熱は最高潮に熱い。はたから見ても恥ずかしいくらいに赤面しているだろう。
熱を冷ますために冷たいものが飲みたくなって、テーブルを離れてキッチンへと向かう。純はさっきまでよりも楽しそうに、仕分け作業を続けていた。
『ファンレターの返事って、もらうとすごく嬉しいの知ってるんで』
純はそう言った。私へファンレターを書いて、その返事をもらったから……?
これまで、どこか、純が私の――古印葵の――ファンだというのを、信じてはいなかった。どれだけ純が私の作品を褒めようと、それが本心だと信じ切ることができなかった。
――ファンレターの返事をもらったのが嬉しかったから、ファンレターに返事を出すのだと――。私からの返事が嬉しかったから――。
そう考えるうち、恥ずかしさで熱かった頬が、別の理由で熱くなる。
――ああ、これじゃしばらく純の前に出れないな……。
着手:2021/09/20
第一稿:2021/09/20
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