二次創作:一緒に寝る

 自業自得。
 逃げ出して酒に溺れてしでかした不始末によって、結局、こんなことに。
 自室として与えられた部屋ですら落ち着かない気持ちは常にあったというのに、この部屋は、さらに他人の部屋であるという事実が色濃くて、落ち着かない。
 自室の、ホテルのようなよそよそしさとは違う。部屋の主の趣味にあふれて、生活感のある、純の寝室。他者の侵入を想定していない、純の深層のような、部屋。
 大柄な純の背丈を満たすための大きなベッドは、たしかにふたりで寝ても充分なスペースはありそうで。先にベッドに入った純が、布団をめくって私の入るスペースを指し示すが、私は緊張のためか動けずにいた。
 努めて、自覚しないようにした気持ちを突きつけられる。この気持ちから逃げ出したのに、その先は袋小路で純が両手を広げて待ち構えていた。逃れたいのに、逃れることが出来ないことにも安堵する。
「おいでよ、矢晴」
 間接照明に照らされて、純の影がゆらめく。
 自室に招き入れ、ベッドに誘う。純のその行動は、私の全てを受け入れている純の心の顕れだろうか。私は、そんなふうに思われていい人間でもないのに――。
 ベッドの縁に腰掛けて、スリッパを脱ぐ。体をひねって、足をベッドに上げる。純の布団の中に滑り込ませるように足を入れ、枕に頭を預ける。緩慢な動作で純の隣に横になった私に、純はめくりあげていた布団を私の体にかけ、自然な動きで布団を均すかのように軽く叩く。赤子を寝かしつけるかのように。その振動は、覚えがあるほど心地良い。
 枕を並べているから、横向きに布団に入った私の目の前に純の顔があって。目が合って恥ずかしくもなるが、それ以上に純が赤面しているように見える。光の加減でそう見えるだけなのか、と思えば、純の口からは言葉にならない笑い声のような奇声がもれて、どんどん頬が緩んでいく。なにがそんなに相好を崩すほどに嬉しいのか。なんて口に出してもいないのに、私の顔に書いてあったのか、私の心を読めるのか。
「えへへぇ、矢晴と一緒にいられるのが嬉しいの」
 と、抱きつかんばかりの勢いで純が言う。が、純が実際に抱きしめたのは自分の枕で、純は恥じらい枕に顔を埋める。けれど、片目だけはちらちらとこっちを見てきて、私の存在を確かめている。
「あそう……」
 緊張よりも怯えよりも、そこまで私なんかに心酔する純への呆れのほうが大きくなって。それが私をリラックスさせるための純の策略だったのかと疑ってしまうほど、私はまんまと脱力していた。
「すぐ寝る? 本でも読む? おしゃべりする?」
 顔を上げた純から並べ立てられて選べなくて、何も言えなくて黙ってしまう。
「……。じゃあ、手を繋いでもいい?」
 純の新たな問いかけに、頷くかどうするかを考えるために一瞬目を伏せたのを純は肯定と受け取ったのか、純の両の手のひらに、私の両手が包まれる。
 これは、手を繋ぐ、ではなくて、手を握る、ではないのか? なんて疑問も霧散するほど、私の手を愛おしそうに包み眺める純の笑顔が見えないほどに間近で眩しい。
 いつもならベッドに入って天井を見上げた瞬間には襲いかかる思考の洪水が、今は純の顔と握られた手に伝わる温度に遮られている。
 いつもなら焦りと恐怖と増幅された後悔とで異常に拍動する心臓が、今は別の感情で高鳴っている。
 純の顔を見るときの、純に触れたときの、この胸の高鳴りはなんなのだろうか。
 答えを知っているのか知らないのかすらわからないで、湧き上がる感情の得体の知れなさに逃げ出したくなる。現に昨日は逃げ出した。今は、純に握られた両手を振りほどく気がなくて逃げ出すことすらできない。
 いつもなら末端から冷えていくような気がするのに、今は純に握られた両手があたたかくて、そこから全身にあたたかい血が巡っているような気がして。ふたり分の体温で布団のなかが暑いから私の頬はこんなに熱く感じるのだろうか。
 ああ、きっと私は激しく赤面している。それを純に見られているのかと思うと、さらに羞恥が湧き上がる。
 反応を見るのが怖かったが、ゆっくりと純の顔に焦点を合わせた。純の目元はうっとりを通り越してうとうとしていたし、もはや私の顔など見えていないようで。私は一人相撲で勝手にドギマギしていただけだったことになる。なんて馬鹿らしい。
 ベッドに入って横になってからそんなに経っていない。純の寝付きの良さが羨ましくなってしまう。純は私みたいに眠れないなんてことはないのだろうなと思う。
「おやすみ、純」
 もう夢のなかにいそうな気配の純に声をかける。
「……ん……、おやすみぃ……」
 そう応えた純は私の手を握ったまま本格的に眠ってしまった。
 いつも見上げている純をこんなに穏やかな気分で真正面から見るのは新鮮で、初めて見る純の寝顔は意外なほどにあどけなく、そしてまた想像通りにきれいだった。
 間接照明で部屋全体がほんのりと照らされていて、純の寝顔がよく見える。安らかそうな規則正しい寝息もよく聞こえる。
 私の前で無防備に眠る純を眺めているだけで、心の奥底から湧いてくるこの気持ちは……。存外、あたたかくて心地いい。
 目を閉じても、包まれた両手から純の体温が直接伝わり、耳には純の寝息の規則正しいリズムが届く。それは私を眠りの世界に強く誘った。












着手:2022/01/18
第一稿:2022/01/23

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