二次創作:ある日の純

  以前は毎週、打ち合わせのために編集部に来訪していた望海可純が、打ち合わせをオンラインで済ませるようになって数週間。担当編集者とも久しぶりの直接の対面になる。
「久しぶりですね〜。望海さん、最近猫でも飼い始めたんですか?」
「え? なんでです?」
「いや、SNS でそれっぽいこと書き込んでるなと思って。写真はないけど、『日向ぼっこが好きみたい』とか『丸まって寝ちゃった、かわいい』とか。どんな猫ちゃんなんだろうって編集部でも話題になってますよ」
「あはは」
 猫――ではないが、望海可純が同居を始めた古印葵こと福田矢晴の家での行動は猫っぽい、かもしれない。それ以上に、惚れた欲目がはたらいているようで、望海可純こと上薗純は福田矢晴に甘い。何をしてもかわいく見えて、何を話してもすごいと思う。その感動を誰かと共有したいわけではないが、あふれる思いをついつい書き込んでしまうのが SNS だった。
「でも、だからだったんですねえ、望海さんが打ち合わせに出てこなくなったのは。お家で留守番させるの心配な感じです?」
「ええ、まあ。……それにしても、編集者って作家の SNS までチェックされるんですか?」
「えー、そりゃしますよ〜」
 陽気でおしゃべりな担当編集。望海可純はこの担当の桜木に対して、自身を『腹を割って話せる安全な相手』と認識させるようにはしてきたが、『古印葵と同居を始めた』という事実は知らせずにいた。他者への話の伝わり方によっては、古印葵を貶めかねない。そう危惧していたからだった。
 そもそも、古印葵の情報を得るために編集部に通い、古印葵の担当である菊池とも顔をつないだ。古印葵本人を手中におさめた今、望海可純にとって編集部に通って世間話をする必要はなくなっていた。
 編集部の人間が作家の SNS をチェックしているということを失念していたのは迂闊だったが、SNS への書き込みから『猫を飼い始めた』と思われているという事実は、ある意味、望海可純を安心させた。特定容易な固有名詞を出したり、私生活を類推されるような事柄は書き込まないように十分注意しているつもりだったから、自身の SNS への書き込みによって、古印葵の現状が他者に把握されることはない、と確認できたことになる。
「ね、今度写真でも見せてくださいよ。望海さんちの猫ちゃんの」
「あはは、そうですね」
 実際に猫を飼っているわけでもないし写真を見せることなどは出来ないから、望海可純は曖昧に笑って済ませた。

「猫かぁ」
 望海可純こと上薗純は、編集部での打ち合わせを終え、愛車に乗り込む。以前であれば担当と夕食までともにして夜に自宅へと戻ったものだったが、今は一刻でも早く帰りたいと夕方に切り上げてきた。
(本当に猫を飼うのもいいかもな)
 猫の写真を求められた場合に出すこともできるし、猫と戯れる矢晴はきっとかわいい。アニマルセラピーにもなるだろうし。猫じゃなくてチワワとかの小型犬でもいいかもしれない――望海可純の頭のなかで、妄想は加速する。
(! そうだ、写真!)
 望海可純の妄想は、過去の出来事の記憶へと変わる。
 授賞式の壇上でスピーチする古印葵。『――きれいだな、忘れたくないなと思ったものをカメラで撮るのが日課で』と語っていた。それが古印葵の漫画の一端を担っていると思うと、古印葵の熱烈なファンである望海可純はその写真の数々すら見てみたいと切望していた。
(矢晴にカメラを買ってあげよう。気が向いたら写真を撮るかもしれない)
 自身のアイデアの成功を夢見て、望海可純は笑顔になる。が。
(ああ、でも……)
 今すぐにでも家電ショップに寄り道したい気持ちを抑える。
(新品のカメラをわざわざ買っていったら、矢晴は嫌がるかもしれないな……)
 同居を始めた当初に『私のものを新しく買いそろえないで』と言われてしまっていた。生活や生存に必要なものであれば、渋々ながら受け取ってはくれるようになったが、新品のカメラでは贅沢すぎると受け取らないかもしれないし、過去が苛むトラウマの引き金になる可能性もある。
(……たしか、以前に私が使っていたカメラがどこかにしまってあるはず)
 使いたかったら使っていいよと言い添えて、見えるところに置いておいたら、手に取るかもしれないし取らないかもしれないし。それは矢晴次第だけど――望海可純は自身のアイデアの着地点に満足した。と、同時に自宅へと到着する。
「矢晴ぅ〜、ただいま〜」
 上機嫌で帰宅した望海可純こと上薗純は、愛しい同居人に声をかける。
「おかえり、純」
 と応じる福田矢晴の存在に、上薗純は幸福感が倍増するのを感じていた。












着手:2021/11/02
第一稿:2021/11/03

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