二次創作:クローゼット
それを見つけたのは偶然だった。
決して私が家探しをして暴いたわけじゃない。
目覚めた時に肌寒く、寝る前に脱いだ半纏を探したが見つからなかった。だから仕方なく純の服でも借りようかと、純の寝室のクローゼットを開けた。
だって、クローゼットの中にそんなものがあるなんて思いもしなくて。
クローゼットを開けて、ハンガーで吊るされた服をかき分け適当に羽織れそうなものを探して、ふと、服の奥、足許にずらりと並べられた漫画雑誌が目に入った。
純が連載している、以前に私も読切を掲載していたことがある、A誌。
なんだってこんなところに。と思うものの、純の考えることはよくわからない。
以前に成年向け同人誌をナウジカの箱でカモフラージュして隠していたことを考えると、純は大事なものは隠したがる性質なのかもしれない。独りで暮らしている大きな家の、さらに深部のプライベートな空間である寝室であるにもかかわらず、誰にも見つからないように――。
クローゼットの奥深く、ずらりと並んだ背表紙を見るに、数年は経過してそうな上にかなり読み込んだ形跡がある。号数は飛び飛びで、一貫性がない。
と思ったところで、並べられたそれぞれの号に妙に馴染みがあるような感覚に記憶が呼び覚まされる。
「これは、たしか……」
私のデビュー作が載っている号……、と取り出して、ぱらぱらとページを繰ろうと開こうとした瞬間、年季の入った開き癖によって自動的に本が開く。
【春眠の底】
開いたページはまさに私のデビュー作のページで、何度も何度も読まれたようで他のページよりも紙の縁の劣化が見て取れる。
――まさか、これも……。
いくつか取り出して確認すれば、思った通り、私の――古印葵の――読切の載っている号だった。そのどれもが何度も読んだ形跡が色濃く、夢中になって読み込む純の姿が見えるような気がした。
――こんなに……。
デビュー作の掲載された号以前のものまである。投稿作が初めて入選し、誌面に小さく名前だけが載った号。それより少し上の賞に入り、作品タイトルと名前とが載った号――。よくもこれだけ集めたものだと、純のオタク魂に圧倒される。
これだけ読み込んでいれば、そりゃあ作中のセリフもすらすらと出てくるんだろうけど。それはそれで“ヤバいオタク”と言えなくもない。
そんな“ヤバいオタク”だったからこそ、私の今の快適な療養環境に繋がっているのだけれど。そもそも私が古印葵でなかったら、純とはまったく関わることがなかっただろうと思うと、背中が冷たくなるようなぞっとするような……。
室温に対しての肌寒さを通り越し、身体の内側から冷気が満ちるような気がして身震いする。冷たく震えそうな手で雑誌を戻し、立ち上がる。
さっさと服を選んで部屋を出ようと思ったものの、ここで純のクローゼットから服を借りてしまうと私がクローゼットを開けて純のコレクションを見てしまったことが純にわかってしまう、と気がついた。
以前に純の秘蔵の同人誌を音読してしまった時は、純は慌てて回収し瞬く間にどこかに隠してしまった。純が構築した大事なもので満たされた空間を、私という異物が混入し暴き立ててしまうことによって、大事なものを遠ざけさせる羽目になるのはいただけない。
私はかき分けた服たちを戻して、覚えている限り最初に開けた時の状態に戻すとクローゼットの扉を閉めた。
リビングに向かおうと階段を降りる。と、リビングから出てきた純と行き合った。
「あ、矢晴、おはよう! ちょうど、これ、持っていくところだったんだ」
純の手には、私の半纏があった。純が持ち出していたから、探しても見つからなかったのかと合点がいく。
「はい、どうぞ」
と、純が私に半纏を羽織らせる。袖を通せばいつも以上にあたたかい。ついさっきまで純が着ていたのかと思うほど、あたたかい空気を孕んだ綿が室温の肌寒さをシャットアウトする。
「……ありがと」
そんな気はなかったとはいえど純のクローゼットの奥底を暴いてしまったうしろめたさから、純の笑顔が直視できない。床に視線を向けたまま礼を言ったが、素っ気ない声音になってしまったような気がする。
「寒くない? もう1枚なんか持ってこようか?」
純の気遣いの声はいつもどおりに優しくて、心地いい。
「ううん、大丈夫。あったかいよ」
――お前の、こころが。
「なら良かった! 朝ごはんの準備できてるからね」
純に促され、朝の身支度をするために洗面所へと向かう。身支度を済ませば、純と一緒に朝食をとる。今日もまた純と一緒に、1日を過ごす。
明日も、明後日も。ずっとこんな日が続けばいい。そう思うのは、私のわがまま。
着手:2023/10/01
第一稿:2023/10/13
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