二次創作:往復書簡
最初にそれに気づいたときには、ただの偶然だと思った。
ほんのワンフレーズが酷似していて。でも、取ってつけたような浮いた感じではなくて。物語の中で飛躍して広がっていく。
望海可純の『シヴァ・アンバー』。
去年デビューしたばかりの新人漫画家の連載作。私よりも2つ年下。
私が21歳でデビューしてから約4年、細々と読切を不定期に載せてもらって辛うじて漫画家をやっているというのに、若い才能は軽々と1年も経たず連載枠を得ている。しかし、それも納得できてしまうくらいに漫画がうまいのだから、当然のことだ。
次にそれに気づいたときには、偶然ではないのかもしれない、と思い始めた。
新進気鋭の漫画家が、私のような零細漫画家の作品を読んでいるのかもしれない、ということも信じられないことではあるが、現実として、私の作品に酷似したワンフレーズが、私の作品ではない漫画の中に、ある。
“剽窃”というには厭らしさを感じない。むしろ、私の作品の中では言葉として明示しなかった部分への解釈が展開されているような……。
「これは……返歌……か?」
まさか、そんなことがあるわけが。と思いながらも、わずかばかり期待してしまう。私の作品をそれほどまで読み込んでくれる読者が、同じ誌面でそれを自身の表現に落とし込んでいるのを目の当たりにするのは、冥利に尽きると言えなくもない。
本当に、そう、なのか。確認したい衝動に駆られる。
担当に連絡をして渡りをつけてもらえば、直接確認することもできるだろうが、勘違いだったらとんでもない恥をかくことになる。だが、それでも――。
手元には、来月掲載予定で描き進めている原稿がある。気づくか気づかないかは賭けでしかない。気づかないなら、私の勘違いだったことが確定するだけ。
答えが出るのに数ヶ月はかかるだろうし、その頃にはこんな仕掛けをした事自体を私が忘れているかもしれない。でも――。
私は高揚する気分に乗って、ペンを走らせた。
思っていたよりも随分とはやく、答えが出た。偶然でもなく、勘違いでもなく、確信になる。
ペンネームと雑誌に掲載された漫画しか知らない。顔も知らない。『望海可純というペンネームの漫画家』であることしか知らないけれど、望海可純は、確かに私の漫画を、深く、深く、読んでくれているのだと解った。
それ以来、作品を通してのささやかな交流が始まった。望海可純と私の掲載ペースは違いすぎて、私が差し出す量よりも受け取る量がはるかに多かったけれど。誌面を私用に使っているようで気がとがめるが、作品のノイズになるわけでもない、ささやかなものなのだから、と自身に言い訳をした。
そんな交流を続けて数ヶ月。終わりは思いもかけない方面から訪れた。
短期集中とはいえ、連載枠をもらえて喜んで準備していた矢先。ネットの中で騒ぎが起こった。
『望海可純は盗作していた!』と悪意に満ちて煽り立てるだけのスキャンダルな記事が流れ、即時に連動するように検証サイトが立ち上がる。“祭り”の様相を呈して、悪意を楽しむ多くの人間が群がり、純粋に作品を楽しんでいただけの読者もそれを目にするようになり、糾弾する声、擁護する声が上がり、それを面白がって煽り立てる人間があふれる。
人気上昇中の望海可純には大打撃となるだろうし、人気が上がったゆえの事件とも言える。
検証サイトでは、当然のように私の著作からの無断転載も横行する。わかりやすいものから列挙されていくが、荒唐無稽なこじつけもある。それぞれの作品をかなり読み込んだものだと感心もするが、私の作品に仕掛けた望海可純へのメッセージに気づくものは現れないようだった。
とはいえ、作品の内容を評価されるでなく、こんなふうに『古印葵』の名前と作品が挙げられるのは、不本意ではある。
望海可純のそれが、盗作ではないことは私が一番知っている。だが、SNS をやっているわけでもない私にはそれを発信する場もないし、今、私が声を上げたところで火に油を注ぐだけ。
移り気な人々の関心は数日で消え去るだろうと、どこか他人事な気分で静観していた。なにより私には連載の準備がある。
と、作業を進めていた私に担当から連絡が入る。打ち合わせの予定は入っていないが、編集部へ来て欲しいという。ここ数日の騒動を考えれば、編集部で上役も交えて対応を検討したいとか、そんなところだろうか。
編集部に着いて受付で名前を告げれば、すぐにブースに案内された。いつも担当と打ち合わせで使う仕切られただけのオープンスペースではなく、独立した部屋。
部屋の中には、すでに私の担当と編集部の上役だろう年嵩の男性と、そしてもうひとり、背の高い若い男性がいた。編集者にしては若いような、どこかで見た覚えがあるような。
若い男は、私の顔を見て花開くように紅潮し、そして、すぐに青褪めた。どんな感情なのか、わからなくて困惑してしまう。
担当に促されて椅子に座ると、年嵩の男性が話しだした。
「古印先生、急にお呼び立てしましてすみません。ええと、今、ネットで話題になっている件でですね……」
「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません!」
若い男が話を遮り謝罪の言葉を述べて、深々と頭を下げる。目の前にテーブルがなければそのまま土下座でもしそうな勢いで驚いてしまった。
「ああ、望海さん、落ち着いてください」
と、年嵩の男性が若い男に声をかけ、頭をあげさせる。そして、私に向かって「こちら、望海可純先生です」と紹介した。
ああ、だから。
私が部屋に入ったときの彼の反応が理解できた。この男が望海可純ならば。
「今、こういう記事がネットに出てまして……」
と、年嵩の男性――おそらく、望海可純の担当――が話を続け、プリントアウトを差し出す。
「望海先生が、古印先生の作品から、盗作している、とされておりまして……」
男性が話す間、望海可純は俯いて、どんどん縮こまっていくような印象だった。
「……盗作、ではないですよね?」
私は真っ直ぐ望海可純に問いかけるように声を発する。
「私は、『本歌取り』、『返歌』と受け取っていましたし、読者としても望海先生の作品は楽しませていただいています」
私の話に耳を傾けるように、望海可純が顔を上げる。
「『本歌取り』は時として『剽窃』と見なされることもありますが、今回の件については、私は『剽窃』や『盗作』とは思っていません」
先程まで青褪めていた望海可純の顔に血色が戻り、戻りすぎたようで赤らむのが見て取れた。
「盗作された、と言われている作者が『盗作ではない』と言っているんですから、この件はなんの問題もないことになりませんか? とはいえ、こんな騒ぎになるまで置いてしまった私にも謝罪の必要があるかと思います。申し訳ありません」
結局、この件では私と望海可純、そしてそれぞれの担当編集との連名で声明を出す、ということになった。
『仲の良い作家間でのお互いの了承済みのことであり、盗作や剽窃ではないこと』を公式に発表することで、悪意で煽られる騒動はおさまるだろうと思われる。
『仲の良い』というのは、盛りすぎではあるが、これから本当のことにしてしまえばいい。望海可純が、私の担当以上に、私の作品を理解してくれていることは、この数ヶ月でわかっているのだし。
「……古印先生、ありがとうございます。こんなご迷惑をおかけしたのに……」
それぞれの担当編集が声明をまとめるために退室し、ブースにふたりきりになって少しして、望海可純がおずおずと切り出す。
「あの、私、本当に古印先生のファンなんです。こんな形ででも、会えたことが本当に嬉しくて! それに、あの、あの作品!」
段々と興奮が抑えられなくなってきたのか、口調が熱を帯びる。話し出せば、かなり長くなりそうだ、と予測して、私は一旦話を切るように身振りする。
「じゃあ、お詫びにお茶を奢ってくれますか? 話はそこで、ゆっくりと」
「!! はい! 是非!」
誌面での作品を通しての往復書簡は終わってしまった。
遠回りでささやかな交流はそれはそれで楽しかったけれど、これからはささやかどころではない熱量での交流になるだろうか。
着手:2022/01/05
第一稿:2022/01/07
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