二次創作:未来

「また打ち切りになっちゃった……」
 家主の上薗純は落ち込んだ様子でリビングに足を踏み入れ、キッチンにいる私の姿を認めると涙声でそう言った。
 かつて各巻100万部レベルの売れっ子漫画家だった望海可純は、大人気作の連載を終わらせた後、期待されて連載するも鳴かず飛ばずで打ち切り、を連発している。
 時代の寵児とまで言われた男の末路。あんなに人気を博した漫画家だったというのに。それも多分に、私と暮らしてしまったせい、なのだけど。
 上薗純が理想としていた漫画家、古印葵の作風に影響を受けて望海可純の作風が変容してしまった。大衆の求める王道を自ら降りて、自身の理想への茨の道へと進んでしまった。大衆はその変容についてこれず、人気はガタ落ち。それでも純は、茨の道を嬉々として邁進している。
 私はもうひとつカップを取り出し、純の分もコーヒーを淹れた。
 純の座るソファーの前のガラステーブルにふたり分のカップを置く。カップから私の手が離れた瞬間、純の手が私を引き寄せる。純は幼子が人形を抱きしめるが如くに私を膝に乗せて抱き、私の首筋に顔を埋める。ずいぶんと大きな子供。
「私なんかじゃやっぱりダメなのかな……」
 打ち切りをくらうたびに、純は落ち込んで見せる。デビューして初の連載作品が大ヒット。こんなふうに編集にも世の中にも受け入れられないなんて期間を経ずに売れっ子になってしまったが故、ここ数年の冬の時代は余計に堪えるのかもしれない。
「このままだったらお金なくなっちゃって矢晴と暮らせなくなっちゃう……」
 一度の大ヒットで人生2〜3回してもお釣りが来るほどの財を得ていることを知っているから、純の泣き言の本質がそこにないことをわかっている。大掛かりな詐欺にでも遭わない限り、純は漫画家という仕事を辞めたとしても悠々自適の生活を送れるのだ。
 連載も獲れず、2年半も掲載されない雑誌にしがみつき、挙げ句貧乏を極めて病を得た私に対して、あまりにもデリカシーに欠けた純の物言い。だが、それもまた、本質ではない。
「だったら、こんな維持費のかかる大きい家は売っ払って、もっと小さなマンションかアパートに引っ越してもいい。ふたりなら、なんとかなるよ」
 漫画の道を捨て、いつ野垂れ死にしてもおかしくない状況から純に助けられ、漫画家として華々しく返り咲く、なんてことにはなっていないが、好きな漫画を描いて、生きていけるほどの収入を得られる程度にはなった。私の収入だけになったとしても、ふたりなら、慎ましく生きていくことはできる。
「私は、純のそばにいるよ」
 いつものように純の頭を撫でる。短い毛と長い毛の異なる手触りが手のひらに心地好い。純がどれほど落ちぶれようと、手放すつもりもない。純が私を投げ出さなかったように。
「……ずっと?」
「ずぅっと、一緒。死がふたりを分かつとも、だろ?」
「えへへ……、矢晴、大好き!」
 何度も繰り返される茶番。私がやらかしてきたことに比べれば、なんともかわいいものだけど。




 







着手:2022/05/03
第一稿:2022/05/07

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