二次創作:ニット
純から担当との打ち合わせに同席させて欲しい、なんて頼まれて、そりゃあまだ一応、担当はついているけれど、漫画家にも戻れない、無職な私に何を言っているんだと一度は断った。
それでも「どうしても!」と食い下がるから、よくよく話を聞いてみれば、編集部でなにやら問題が起こっているらしいが、自分が原因かもしれない。担当からの話だけでは判断できないから、他の編集にも聞いてみたい。あの場にもいた“古印葵の担当と話がしたい”、ということで。
仕方がないから担当の菊池に連絡をとり、急なことだが明後日に約束を取り付けた。さすがに男の作家2人に女性の編集者1人なんてのは威圧的だし対外的にも不味かろうと、もうひとり、後輩の女性も同席してくれれば、と頼む。
編集部のなかでは当然できない話をするのだから、外食ということになるけれど。
「そんな店に着ていける服がない」
自分の担当との打ち合わせ、という体裁を取るのだから私が行かないという選択肢はないけれど、自分の持っている服といえば着古したボロばかり。そんな格好で純と連れ立って外食するなんて、みすぼらしいのを連れた純が恥をかいてしまう。それに……。
「じゃあ、新しい服買いに行こうか」
と、なんだか嬉しそうな声で純が言う。ショッピングが好きだとリストアップしていたくらいだから、私の服とはいえ買い物の機会が嬉しいのかもしれないが――。
「それはヤダ」
純に私のために金を使わせたくはない。今だってただでさえ純の時間を奪っているというのに、これ以上金銭的な負担をかけたくもない。純の稼ぎからは微々たるものだろうが。
「もー。こんなときだけわがままなんだから」
たしなめるような言葉なのに純はさらに嬉しそうな声を出す。断られたのに嬉しそうってなんだ、マゾか?
「じゃあ、私の服で矢晴も着れそうなのを探そうよ!」
純はスキップでもしそうな勢いで私を2階に連れて行った。
2階の物置部屋の、大きなクローゼットで、純があれやこれやと服を出しては私に見せたり当てたりする。どれもやっぱり純の服だから私には大きい。
「矢晴はどんなのがいいの?」
と背中を向けた純に聞かれても、服の好みは特にない。それなりにみっともなくない状態で着られればいいだけで。でも……。
「……タートルネック」
これはマスト。
「へ〜、そういうのが好きなんだ」
と、振り向いた純の視線が、私の首筋を見た。直後に、少し赤面した。
「あー……、そうだよ……ね……」
首筋につけられた約束の印鑑。つけろと強請ったのは私だけれど、まさかこんなに大きいものをつけるなんて思っていなかった。あの日からけっこう経ったけれど、まだ消えない。家から出るつもりなんてなかったから別にいいかと思っていたのに。
「あ! じゃあ、これがいいよ! 最近はオーバーサイズで着るのが流行ってるし!」
純が出してきたのはタートルネックのセーター。純のものだから大きいけれど、たしかにセーターなんかは大きめのものをゆったりと着るのもアリだ。
「うん。じゃあ……これにする」
着てみて、さすがに純の持ち物だと肌触りのよさにも感動する。デザインの良し悪しはわからないけれど、大きな姿見のなかで、私が着ていてもみすぼらしい感じもない。首元もゆるやかに立ち上がっていてちょっとやそっとじゃ見えそうもないが、しっかり隠せるほどぴったりしていないから、そこは少し不安だ。
「すごい似合うよ!」
私の背後から鏡を覗き込むようにする純はとても嬉しそうな笑顔を見せる。近すぎる純に心臓の音が聞こえやしないかとハラハラするのに、鏡に映ってしまった自分の紅潮は隠せもしなくて、余計に恥ずかしさが増した。
着手:2022/11/14
第一稿:2022/11/14
コメント