二次創作:甘い支配

 ※【第11話】19ページの矢晴のセリフの後から。純が怖いバージョンを考えてみた。


――――

「ヒモでいいですよ」
 私の疑問に答える純の声は、優しい。
「矢晴さんが働く必要なんかないです。私があなたの世話をしたい。あなたは私の世話を受けてくれる。ただ、それだけで私が幸せ。それじゃ、ダメですか?」
――それじゃ、人間としてダメになる……
 そう答えたいのに、なにかが喉の奥に詰まって声が出せない。
――もうすでに、ダメ人間なのに?――
 どこから来たのか、目の前に広げられた紙の上を、蜘蛛が歩く。自由意志で歩き回り、自身で餌をとり、気ままにどこかへ行ってしまう。私なんかよりよっぽど立派に自力で生きている、蜘蛛。
 私は蜘蛛を追い払おうとでも思ったのか、反射的に紙を押さえていた左手を浮かせた。その私の左手に、純の左手が重なる。
「ここでは、人間らしい振る舞いはしなくていいんです」
――ダメ人間でいい……?
 ――ダメ人間なほうがいい……?
――人間でないほうがいい……?
 ――人間である必要がない……?
「あなたがここにいて、私は古印葵を独占できるんです。こんなに幸せなことってないですよ?」
 この家に来てから、外へ出たことはない。それは自分の意志だと思っていたけれど。
 整えられた清潔な環境。常に清潔で快適なベッド。栄養価の高い食事。
 すべてこの男、上薗純に与えられたもの。今背中に感じる、心地よい体温も、すべて。
――古印葵でなかったら……?
 自身が古印葵であって、古印葵だったからこうなった。古印葵でなかったらなんて、考えたところで意味がない。だけど――
――この男の望む“古印葵”でなかったら……?
 与えられた快適すぎる環境に、この男の真意のわからない甘い言葉に、どっぷりと浸かってしまったその後は。あんな生活には戻りたくない。だからといって快適な檻に閉じこもり、働きもせず生かされて、この男に支配される人生が、果たして幸せといえるのか。
「あなたが私に幸せをくれたから、あなたにも幸せになってほしい」
 背中から、両手から、純の体温に全身が包まれる。
――暖かくて、心地いい……
――……幸せって……なんだっけ……









着手:2021/08/08
第一稿:2021/08/08


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