二次創作:望むなら

「矢晴が望めばなんでもするよ」
 聞き間違いかと振り向いた先、間近に見えた上薗純の顔は、私の欲望を反映してか、ねっとりと麗しく、私の心を掻き乱す。
「なんでもするし、なにしてもいいよ」
――何を望めと言うのか……
 全てを失い、上薗純に拾われたその手のひらの上。生き存えるためだけに与えられる衣食住。死を願うほどのきたならしい地獄から、快適な甘い地獄へと居を移したものの、望んだ死は得られていない。
――「矢晴が望めば」
 私が望まなければ、この甘い地獄すら失うというのか。なにかを望んだところで――。
「お前は、私に、なにをしたいんだ?」
 真横にあったはずの純の顔は、私の影に隠れるほどの真下にあって。私はいつの間にか上薗純の腹の上に馬乗りになって、上薗純のシャツを掴んで捩じ上げていた。
「私が、なにを、望むと思っているんだ?」
「それは……わからないけど……。でも、矢晴のしたいことなら……」
 就寝のために照明を落とした薄暗い部屋の中、頭上から降るわずかな明かりも私に遮られて純の顔は闇に沈む。純がどんな顔をしているのか、私には見えない。私がどんな顔をしているのか、純には見えているのかどうかもわからない。
「今、私がここに、こうしていることが、“私が望んだ、結果”なんだぞ」
「ステップアップを望んだ先が、あの部屋だ。あの地獄だ」
「私が望んだから、結果、私は“こう”なってしまったんだ!」
「私が、選んだ! 選んでしまった! 地獄への道を!」
 昂る感情を止めようがなく、純のシャツを掴む手に力が入り続ける。
「お前の甘言に乗せられて、何かを望んだとして、その先が地獄でない保証はどこにある!?」
「そしてお前は言うだろう、『これは矢晴が望んだことだよ』と」
「私がお前の甘言に乗せられて、お前の想像もつかないような悍ましいことを望んだとして、そうしたらお前は受け入れることができるのか?」
「……なんでもする、なにしてもいいなんて……、有り得ないんだ……」
 昂りすぎた感情が涙に姿を変え、私の両目から純の顔に向かって溢れ落ちた。
「私は……」
 純の手が、私の頬を撫でる。
「矢晴が幸せになるためなら、なんでもするよ。それが、私の望み」
 純の指が、私の涙を掬い取る。
「孤独にさせないって、約束しただろ?」
 純の濡れた指が、光源を反射して光る。その向こうで純の瞳が潤んでいた。











着手:2022/06/15
第一稿:2022/06/15

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