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矢晴と漫画

 矢晴が漫画を描き始めたのは正確には何歳かからなのかはわからないけれど、15歳くらいからはもう投稿始めてる感じの。 15歳から21歳まで出版社に送る漫画を描いていた、というから、漫画自体を描き始めたのはもうちょっと前、で15歳くらいには「漫画家になりたい」と夢を現実にしようとがんばってた感じ。 21歳でデビューしてるから、投稿始めて6年くらいで世に出てて、やっぱり才能のある人なんだよな、と思う。 雑誌に読み切り載せて、それがコミックスにまとまるのが23歳。デビューから2年。翌年にもコミックス出せてるわけだから、読切の掲載ペースも上がってる。 古印葵のデビューからファンやってる純もそれはそれは嬉しかっただろうなあ、と思う。 描いた漫画が認められて賞をもらって、さあ、これから、ってところでB誌に行っちゃったのが何故なんだ、ってほんとに思うんだけど。 B誌では企画が通らない、描いても没、で掲載なし。2年の間にどんだけ描いてきたのかはわからないけれど、A誌での連載時に純が『絵は格段にうまくなってるし冒頭の台詞のセンスも相変わらずいい』と言ってるくらいだから、相当描き続けて絵が洗練されてきてたんだろうとは思う。 格段に、という言い方で、デビュー当時はまだそこまで絵はうまくなかったか……? みたいな気分にもなるんだけど。純が憧れてるくらいにはうまかったのが、さらに磨かれた感じだろうなとは思う。 結局、A誌に出戻りして連載持っても、夏に始まった連載を秋に4話で終わらせるという、よくまあそんなに間空けても打ち切りにされなかったものだ、みたいな気分にもなる。たぶん週刊誌で月1連載になってたの、編集部で問題になってなかった……? 大丈夫……? みたいな気分にはなる。多少なり担当からせっつかれてて、余計に追い込まれちゃったかな、矢晴。 A誌でデビューして漫画家として生活してきたけど6年間で2冊しか単行本が出なかった、というならかなり細々と漫画家生活続けてきたんだな、という印象になるんだけど、実態はデビューから3年で単行本2冊出して、2年行方知れずになって、出戻りで連載持ったけど1年もたずに終わらせて、3年、コミックス出してないという、なんでそんなことに、みたいな状態。 A誌にずっといたら、読切だけだったとしても毎年単行本出てそうだし、短期集中連載とか経て、連載漫画家になれてた気し...

矢晴の収入と生活を想像してみる

 矢晴は高校生のころはバイトしてたらしいけども、お母さんが家事全般をやっているから、「学校、バイト、漫画」を満喫して、雑事に煩わされることのない生活。 大学生のころは実家から学費を出してもらっていて、父方の祖父母の援助で一人暮らしができた、ということだから、バイトをしていたとしても自分のため(漫画のため)くらいなのかな? 家賃は祖父母が出してくれるけど、食費・光熱費とかは矢晴持ちだったらもうちょっとバイトがんばってる感じかな? 21歳の春(大学4年になるくらい?)に商業デビュー。ここからは読切を載せれるたびに原稿料が入る。就活はしなかった。 大学卒業後は漫画家として専業。読切が載るかどうかくらいの不安定さ、な感じだけど、それなりに安定してコンスタントに読切載ってれば、バイトしなくても生活できそうか、バイトと合わせて安定した生活できそうくらい。 23歳で初コミックス。初版から版を重ねて累計7万部として、印税が350万円くらいになったとすると、仮に1万部ずつの7回増刷かかるたびに50万円ずつの収入が発生して、読切の原稿料もあるから、バイトしないでも生活できるくらい。 24歳で2冊目のコミックス。初版から版を重ねて累計7万部として、印税が350万円くらいになる。読切の原稿料もあるから、バイトしなくても生活できる。国内、国外で賞をとる。  この時点で、コミックスの印税だけで700万、印税を全額貯金していたとして、2年くらいは無収入でも生活できる。でもたぶん、1冊目のコミックスの印税と原稿料で生活維持してて、貯金に回せたのは2冊目の印税からくらいかな? と思うと、貯金額は400万円くらい、切り詰めて生活すれば1〜2年くらい無収入でもぎりなんとかなるかしら。 25歳でB誌に移る。A誌での読切掲載もなくなり、B誌でも掲載がないため、原稿料の収入が一切ない。 26歳、B誌での掲載がないから無収入。貯金がなくなってきてレジ打ちのバイトを始める。家賃滞納、電気代滞納などしてしまう。バイトも打ち合わせの日は休み、漫画を描く日は休み、みたいな状態だと週に3日入れたかどうかじゃないかと思うとバイト収入月10万円もいかなそう。 27歳、B誌に見切りをつけてA誌に戻る。連載枠を得る。連載開始するまでは無収入だからバイトを継続しているとしても、連載前の打ち合わせ、連載開始後、ネーム100枚...

矢晴の売れ方

 存外、矢晴は売れっ子なんだが……。と思う。 なんだって順調だったA誌から先行き不明なB誌に移ってしまったのかが謎でしょうがない。(そのうち明かされるだろうと思うんだけど。はよ知りたい。) 解説によれば、矢晴の単行本2冊合算で14万部くらいらしい。純の発行部数1400万部(電子はその倍くらい売れていて全部で4000万部とか超えるっぽい)の「百倍」「百分の一」が、単純に慣用表現とかじゃなくて実数だったらしいのだけど。 単行本15冊で累計1400万部 VS 単行本2冊で累計14万部 単行本2冊で186万部(連載4年目時) VS 単行本2冊で14万部 ……そもそも純だって初期はじわじわしか売れてないだろうから、初版部数とか矢晴より少なかったりするんじゃ……? と思えるんだけど。 だいたい、新人漫画家のデビュー単行本が1万部超えてたりってのもすごい状態じゃないかと思うんだけど、矢晴、1冊目と2冊目が同数出てるとして、7万部ずつでしょ……? 短編集で。多くない……? 矢晴、どんだけ野望持ってんの……? これで全然売れてないとか言ってんの……? B誌に行かなけりゃそのまま短編集増刷かかって、そのうち連載でもっと安定してただろうに……。 国内のE・B大賞の部門賞を獲り、フランスの漫画賞の部門賞を獲り。 フランスの漫画賞を日本語のままで受賞したのかどうかは定かではないが、フランス語翻訳されてフランスでも発行されていた、と考えるほうが無難な気もするから、そうなると、矢晴は国内でそこそこの部数を売っててさらに海外で翻訳版が出る作家、という……。売れてるよなあ。 まあ、【第1話】で『買われたところで一冊だけだし』『収入としては心もとなく生活に箔がつくほど売れてない』と言っているくらいだから、多少なり贅沢な生活ができるほどは売れてない(漫画専業でも生活はできる)という感覚かな。 いやさ、賞とってこれからじゃん! 『そしてみんなすぐに忘れる』って、あんたが消えたんだよーーーーー!! って叫びたい。 なんか、純の覚えてるE・B大賞の授賞式での矢晴のスピーチからは無欲で、漫画描いてるだけで幸せで、細々とでも自分の漫画描いて生活していけたらいい、みたいな印象を受けるのに。とんだ守銭奴だよ、みたいな気分にはなる。 とはいえ、矢晴の語り自体が、漫画描いても没にされまくりの連載とっても大失敗の貧...

作者ブログが開設されまして

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これまで登録制でログイン必須のSNSのくるっぷにて公開されていた情報が、ブログに移行されて、誰もが見れる状態になった。 開かれた場所なので、見てる・見てないを気にすることなく、話題に触れたり引用したりできるかなーと思っている

承認欲求のこじらせ方

 なんていうタイトルだけど、別にこじらせ方のレクチャーではない。 こじらせてる人の相手して疲れた経験はある。「自分の作品のほうが上手いのに、あんな下手な作品に多くのブクマがついてるのはおかしい!」と憤慨してたり、「前回のものより今回のもののほうがブクマが少ない。やっぱり私はダメなんだ」的なこととか。 別に、ブクマやいいねの数で自分の承認欲求を満たすのはいいと思う。目に見える形での承認なわけだし。ただ、数の多寡とか、人と比べて少ないことで自分は無価値とか自分には才能がないとかいう方向に思考を持っていくのが、そもそもおかしいと思っている。 以前のものより承認数を増やさねば! という思考で、他人の好みに媚びたものとか流行に乗ったものを出し続けたら、もともとその人の作風を気に入ってファンになった人たちを振り落としていくわけだし。たぶん一番大事にしなきゃいけない「自分の作風とそのファン」を、承認数を増やしたいってだけの欲望で切り捨てて、後に残るのは枯渇した自分だけになる。 「己のために創作せよ」ってのは大事な考え方だよな、とすごく思う。己のために、というよりは、自分を大事に、と思うけれども。 ただ、自分が世間でどのように評価されているのか、とか自分の才能はどの程度のものなのか、は他者評価を得なければわからない。そんなこと知らなくても大丈夫な人が一番強い。 人の好みは千差万別だから、「面白い」「どうでもいい」「つまらない」の3評価で受け付けたとして、たぶん「面白い」の得票数が一番少ないんじゃないかなあ? と思っている。比較的感性の合う人、と母数を減らせば減らすほど「面白い」の得票数は増えると思うんだけど。 そんな狭い世界なんだよな、と。 矢晴は承認欲求のために自分の作風を切り捨ててきたわけじゃないけど、編集の意向が「売れるもの、流行るもの、人気の出るもの」というもので、そこで矢晴は自分の作風を切り捨てさせられてきた、感じにはなると思う。 でも、矢晴の本質のなかに、「売れたい」とかはしっかりありそうだから、今は特に「売れない自分は無価値」とかは思ってる感じだけども。そりゃもう、普通に作家として生計立てて、って考えたら、売れなきゃどうしようもないんだけど、矢晴自身はA誌にいた間、漫画専業で生活できてて賞までもらって多くの承認を受けてきてて、そこまでは順風満帆だったわけで。 ...

漫画みたいに

 【第23話】で矢晴が純にちょっと呆れながら『はあ……お前は言うことが漫画みたいにオーバーなんだよ』と言っているところにまったくもって同感で。純の言うことはきっと純の描く漫画みたいなんだろうなと思うことは度々ある。 そしてまた、鉄棒で超回転する奇行に走った純に対して『ふふ』って矢晴の笑顔がいいんだー。 純のオーバーな物言いと奇行を「純だから」って受け入れてて微笑ましく思ってて。ちょっと大人な矢晴がちょっと子供な純を見守ってる(侮ってる)風味も感じないでもないけれど。そんなふたりがとてもかわいい。 純は純で、漫画的なオーバーな物言いで、矢晴を引き上げる言葉をどんどん繰り出してくれるのが、かっこよくって、いい。 たまにちょっと、あまり考えずに発した言葉はズレてたり矢晴を傷つけたりしてるけれども。矢晴は比較的、意図的に純を傷つけようとするけど、純は無自覚で矢晴を傷つけてる感じがする。 純はちょっと考えるといいこと言うんだけどな。ちょっと考えるだけでいいこと言えるんだから、相当頭の回転速いよなあ、と思う。 この「漫画みたいにオーバー」なのって、【第22話】のラストあたりのことも含めて言ってるよねえ、矢晴ぅ〜。

■【売れうつ】の二次創作(48)(小説)

 純が古印葵の漫画で抜いていたらいいなとか思ったりしている。 若干、性的な描写がある。 ■

ぬるま湯

 矢晴は今の純の家にいて純に世話してもらっているのを「ぬるま湯につかっている」と言うけれども、そもそも病気療養中であることを思い出してほしいな、と思う。 金の心配もいらない、住居の心配もいらない、衣食住に満たされて、まずは心身を立て直そうという、療養中じゃないか、矢晴よ。 自立志向が高いというか、他人の世話になりたくない、施しを受けたくない、惨めになりたくない、とかのいろいろなプライドなのかなんなのかが高すぎて、純の家で暮らすこと世話されることにも抵抗があるみたいなんだけども、いいじゃんもー甘えろよーーー! ただ、純が「漫画を描かなくてもいい」って甘やかしてくる状態を「ぬるま湯」と言って「だから描かない」ってわけでもない感じが、“ぬるま湯”という語から想像する創作者の姿ではないな、と思える。 仲間内で褒め合うだけで、特段作品を完成させるでもなく賞に応募するでもなくプロになるための研鑽を積むでもない、“ぬるま湯”ってあるじゃん。その仲間内ではどんな駄作も傑作だと褒めねばならん同調圧力とかあったり。なんかもういろいろ。創作者としてダメになりそうな“ぬるま湯”。 矢晴が他人が言う通りに人生の進路決定をするなら、〈純が「描かなくていい」って言うから描かない人生を選ぶ〉ってなりそうなのに、矢晴自身は漫画を描きたいけど今は描けないから、どうにかして描かない理由を集めつつ描きたい気持ちに蓋をしようとしてるみたいな。 と、書いてて、固い瓶の蓋って矢晴ががんばって締めてんだな、と思った。

褒められたから

 矢晴は「人に褒められたから」絵や漫画を描いて、漫画家を目指して、と他人の評価によって自分の進路を決めてきた、みたいに言うけれども。 もともと、矢晴自身が絵を描くことが好き、漫画が好き、で、「好きな絵を描いていたら上手だねと褒められた」「漫画を描いたら面白いねと褒められた」というのは、矢晴の才能を周囲が認めた、矢晴の技術は褒めるに値するものだった、という才能の証明なのではなかろうか……? と、【第23話】を読むたび思う。 「好きなものを褒められたから嬉しい、だからもっと上を目指したくなった」という、根源的に、絵や漫画を描くことが好きなのは誰なのか、みたいなところを、矢晴は落っことしてる感じがする。 だって、嫌いなものを褒められてもうれしかないし、それでプロを目指そうとかなんないし。「嫌いだけどむっちゃ才能あったからプロになっちゃったけどやっぱり嫌い」ってことはありそうだけど。矢晴は漫画大好きじゃん! それこそ、【第14話】の純の言った『子供の性質は人間の持って生まれた性質だよ』『性質は成熟過程で薄まりはしても消えはしない』『みんな死ぬまで持ってる君も私も』の通りに、矢晴は小さい頃から絵が好きで漫画が好きで、死ぬまで漫画家でありたい人だろうし、創作できなきゃ死ぬ人なんじゃないかなあ? と思う。 今は、B誌では好きなものを描かせてもらえなかった、何を描いても没にされた経験と、A誌での好きでもないもの盛り込んで切り刻まれてぺらっぺらになった漫画を描いてしまったという後悔とで、創作に意欲が出なくて、創作できないから死にそうになってると思うんだけども。 自己の形成に他者の影響(学習など)があるのは当然のことだけども、それを取り入れるにあたって「自分」が選び取ったこととか興味を持ったこととかが基本だろうし、他者評価によって自分の向き不向きが明確になるとか自信になるとかはあるだろうけど、【第23話】の矢晴の話は、「全く無の状態から他人の言葉が自分を作ってきてそこに自分の意志はない」と言っているように聞こえてしまって、どうにも、ムカつく。 今の矢晴は「人に褒められたから自分には価値がある」とか「人に貶されたから自分には価値がない」みたいな基準で考えてるような気がするけど、そもそもその価値基準を捨てれ。ふんまにもう。 褒められたら嬉しい! ってだけでいいじゃんよ。純も褒められ...

■【売れうつ】の二次創作(47)(小説)

 編集部で矢晴と純が出会った記念日を楽しむ数年後のふたり。 夕方チャイムの時間のアイディアは簡易チャットでの会話からいただきました。 ■