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遠目のスーパー

 【第23話】の純と矢晴の今夜の夕食は、矢晴のリクエストで鍋になるんだろうな。白菜と豚の鍋。〆はうどんで。食べたいもの考えれてえらいぞ、矢晴。 散歩ついでに遠目のスーパーに買い物に行く、となると、徒歩20分くらいの距離だったりするかな? と考えてみる。 往復で40分と買い物20分の合計1時間の散歩。ちょうどよさげ。 遠目のスーパー、と言うからには、近場のスーパーもあるのかな? と思ったりもする。コンビニまでは徒歩10分〜12分らしいけれども。【第8話】で純が買い物に行ってたのは近場のスーパーかな〜。車で遠目のスーパーかな〜。と考えるのも楽しい。 散歩ついでにスーパーに行くことを日課にすると、ふたりで夕食材料を買って帰ることになるんだろうから、一緒に夕食のメニューを決めて仲良く買い物して、と新婚さんかな? みたいな気分になりつつ。 ふたりで散歩と買い物から帰ってきたら純が夕食の準備をして、ふたりで食事して、純が片付けして……と考えると、純の家事負担が多いな、みたいには思うんだけども。 散歩に目的をつけるためにスーパーに行くことにしてると思うんだけど、家事代行とか冷蔵おかずの宅配とかどうしてんのかな? 純が一人暮らしだった時と同じ分量は継続してて、ふたり分の食事にするからもう1品なにか、みたいなところを散歩ついでに賄ってるとか? いつも純がまとめ買いして冷蔵庫に備えてるようなものを、日々、散歩ついでに買い物に行くことにしたとか? みたいにいろいろと純と矢晴の生活を考えるのが楽しいんだけど、やっぱりなんか、純、仕事すすむのか? みたいな気分にはなる。 昼間に仕事して、夕方に矢晴とスーパー行って、夕食作って食べて。 矢晴がアシスタントとして純の仕事場に入ると、矢晴の話を聞くために昼間に使っていた時間がなくなって、仕事と矢晴の話を聞くが同時にできるようになるという画期的な状態に。となると、純の仕事も同居前のように夕方までで済んで、夕方からの時間で余裕の散歩とかにはできそうだなあ。 そして朝、純のベッドで起きた矢晴は、純と朝食をとり、純と一緒に仕事して、純と散歩と買い物して、純と食事して、風呂に入り、純と一緒のベッドで眠るという、風呂とトイレ以外はずっとべったりシステムが完成するのであった。わ〜〜〜い。

補完

 純の足りない部分を矢晴が補い、完全にする。 純に足りないのはなんだろな、と思うと、「他人への優しさ」になるのかな? とは思う。矢晴には優しいけどねー。 矢晴が純を窘めたシーンはといえば 【第11話】『矢晴さんはヒモの才能がありますよ』『他人にほっとけないと思わせる人間ってそんなにいないですから』という考えなしな感じの純に、矢晴が言った『他人に愛される弱者しか救われないって話ですか?』。 【第12話】クソ編集の細川のスピード離婚を喜々として話す純に矢晴が『お前はもっと広い家に一人ぼっちで住んでたろ』『純だって私が家出るって言えば3ヵ月どころか1ヶ月で2人暮らし終了するだろ馬鹿にする資格ないよ』『それにさっきからさ使わないって決めてたチクチク言葉言いまくりだな』。 【第15話】慈愛の話をした純に矢晴が『相手を思い通りに……理想の一部にしたかったって素直に言えよ』。 【第16話】純の攻撃性について、四階の一件を引き合いに出して『いつかなにかの歯車が狂って私も四階になるかもしれない!』『なにも考えずになにが「矢晴には」だ!!』『お前はあの時みたいに後先考えずに頭の回転早くして言葉だけ探してボロカスに言い返す!』。 といったところか。 その他、日々のおしゃべりで矢晴が先輩風吹かせていろいろ言うのを、純は素直に聞いて憧れて自分自身に取り入れているんだろうな、という感じはする。 純が「後先考えずに四階を攻撃した結果……」と編集部での騒動が起こったのではないかと反省し、真摯な態度で女性陣に真相を確認しに行った純は、矢晴にとって、「人間は変わる」という希望をもたらした。 純自身は、自分の好きなもの以外にはかなり冷たいもしくは興味がない、というタイプであった感じはするので、矢晴の影響で丸くなった、とでも言えるのかな。とはいえ、外面は良さげで表向き笑顔が多く付き合いやすい陽キャという雰囲気が強いので、周囲にはそんなに変わった感じは与えないような、気がする。 純自身が矢晴の影響で『優しくなろうと思った』と言い事実矢晴の目には優しくなったように映り、純の古印葵作品への理解が深まっているこの現状。純のさじ加減とも思うものの、矢晴の人柄と作品をも補完してくれているなあ、と思う。

失敗

 【第23話】の矢晴の言う『描いても描いても否定される失敗を経験しすぎて「己」の中が否定で埋め尽くされてる』の、「失敗」って、矢晴の失敗ではないよなあ……と。 矢晴の最大の失敗は、B誌に行ったことだけど。それ以外に矢晴が人生で失敗したところは今のところ出てきてない。 矢晴自身の行為による失敗ではなくて、情勢が悪すぎての失敗であって矢晴は特段、悪かったところはない、という「失敗」だよなあ、この状態は、と思う。 B誌ったら、古印葵の漫画を評価してたんじゃなくて、とりあえず賞獲った作家を囲って、売れ線描かせて儲けよう、くらいだった気がするし。だから、古印葵の漫画の良し悪しや才能なんて関係なくて、B誌の意向に沿うものにならないから否定し続けてきたってわけで、ひどいのはB誌。 というのを、矢晴は認識してなくて、自分の漫画が面白くないから否定される、つまらないから否定される、どれだけ描いても面白いって言われないから自分には才能がない、って思うようになったんだよなあ、と思う。 B誌に行くなんていうことがなければ、A誌で安定してた気がするんだけど。 とはいえ、もともと「売れなきゃ」「連載とらなきゃ」って漫画家としての自分を追い込んでる感じはあるから、A誌で安定して読切を掲載し続ける、ってのも矢晴の野望なり願望なりに合致しなくて歯がゆい思い、みたいなのはあったかもなあ……って感じはする。 まあなんだ、矢晴は焦りすぎだよな、ってのがずっと。そんななのにB誌で2年とか気の長い……なんで……? 1年掲載がない時点で見切りつけてよかったくない? それこそ1本目流れた時点でA誌戻ってよかったくない? ああ、でも、A誌での連載は、担当の言いなりで自分の漫画じゃないもの描いちゃったのは矢晴の失敗にはなるかなあ。 B誌では自分の漫画描いてたら担当やら編集側から否定され続け、A誌では担当の言う通りにしたら面白くないクソ漫画になっちゃって、と。周囲が悪いよ……? 矢晴のいうところの「己」についてはいまだ理解が及ばないんだけど、矢晴が築き上げてきた「己」をB誌が完膚なきってくらいまで壊して、A誌での連載で跡形もなくってくらい壊してきた、ってのはわかる。 真っ当な評価じゃないものに影響受けすぎて自分を見失ってる矢晴に、純がこれからどんだけ真っ当な評価を浴びせてくれるのかと思うととても楽しみだけど、純...

逆・狸の皮算用

 純は毎度、おもしろい言葉を考えてくるな〜と思う。 言わんとすることはものすごくわかるけど、本当にそれでいいのかどうかは謎だなあ、と思いながら。 矢晴は、まだ描いてもいない漫画がつまらないものになるだろうし、人につまらないと言われるだろうから、描こうという気にならない、と言うけれども。 よくこれだけ、描かない理由を集められるものだ、という気もする。そしてまた、自分に重圧かけすぎにも思う。 そもそも、ここらの矢晴の、漫画を描く気になるための前提、が絶対にそんなことできないじゃん、ってくらい、高いハードルになってる。 「誰もが大絶賛するくらいの面白い漫画でなければ描かない」って感じの。描いてみなけりゃ面白いかどうかもわかんないのに、ナニイッテンダ、ってなるやつ。 今の矢晴は作品の内容に対する評価ですら、個人を肯定するか否定するかって思い込んでて、「作品が全人類に面白いと認められない=自分は才能がない、この世に必要のない存在」みたいな極論に走っているんだろうなあ〜と思える。作品に対する評価批評であってお前のことは言ってない、ってグーパンしたくなる。 そもそも、内容を評価される以前に、「つまらないと言われたくないから描かない」ってんだから、もー! 人に見せたらつまらないって言われる前提ってなにーー? ってところで、1年後、描いた漫画を純に見せた時の【第1話】『こいつがどれだけ褒めようがそれが嘘だろうが本心だろうが関係ない』『この世が選んで認めるのは望海可純(こいつ)の方だ』ってメンタルーーー! 目の前でめっさ褒められてんのに……。矢晴ったら、面白いって言われようがつまらないって言われようが、どうせどうせ自分なんて、みたいな感じでめんどくせー野郎だな。ほんとにもーー。 病んでるからなんだろうけど、他人と比較して自分なんて、ってなってるところ、純にきっちり矯正してもらいな! とか思っちゃう。 いっそのこと、捕らぬ狸の皮算用を正しく、今考えてるこの漫画、超面白いから、人に見せたら大絶賛されてバズって単行本にしたら軽く百万部売れちゃうだろうなー、印税で何買おう〜、くらいのことを考えてもいいんじゃよ。なんか無駄な自信にあふれてて身の程を知れみたいに思うけど。 でも、こんな狸の皮算用しててバズらなかったらこの世の終わりみたいになりそうだからそもそも皮算用しないでほしい。

転換

 矢晴が純の家に住んでから1ヶ月とちょっと。矢晴は断酒し、薬もよく効き、規則正しい生活に栄養充分な食生活を送っていることで、ヒゲも生えないほどの栄養不良な状態からも脱し、いろいろなことを考えられるようになった。 これまでずいぶんと純を怖がり、不信感不審感もあった感じだったのが、純が矢晴の影響によって物事の考え方が変わり、周囲への対応も変わってきたことで信頼感が増したのか、自らの家族の話、そして父親の事件についても純に打ち明けることができた。 純がその話を聞いても態度を変えないどころか、矢晴を世に送り出してくれた両親への感謝まで伝えてくれるのだから、矢晴から純への信頼は爆上がりしたのだろうなと思う。 そして自立を考え始め、その自立への道筋に「漫画を描く」という選択肢も考えつつ、それでも描かない・描けない理由を集めまくっているところへ、純が適切に現状把握を促し、矢晴の本音を引き出していく。という、純の手腕がすごすぎる。 今までであれば心の中、頭の中だけでダメージを増大させる妄想をしていたのを、純に対して言葉で示せるようになったことで、純が適切に妄想を止められるし、純の制止によって、思考を変換させられるようになった矢晴もえらい。 そして、自立への第一歩にもなるのだろうが、純が矢晴をアシスタントになるようにと誘う。『君は有能だそれを教えてやる』という力強い純の言葉が頼もしい。 現在あまりにも自己評価の低い矢晴にとって、矢晴の有能さ、古印葵の才能を知る純のもとで働くことは最善の道でしかないと思う。 病の療養から一歩進んで、自己肯定の再構築へと物語が転換した。 それにつけても、公園の純はかっこいい。もう、毎日公園でおしゃべりしなよ。

創作者の

 【第23話】は矢晴が『なにかを描きたくなったとして…だ』と創作やら他者評価やら承認やら、己の成り立ちやらと話を拡張しながら、創作者としての矢晴を語っているような語っていないような。 なんとも不思議な感覚に陥るのだけれども、どんどん話をズラして行って、核心に触れようとしないよなあ……ズレてんなあ……、そういうことじゃないんじゃない……? と、どうにもあまり共感はできなかったりする。 矢晴の自己評価の低さからくる認識の乖離とか、創作の目的とか評価についてとか、矢晴自身が「どうせこうなるからやらないほうがマシ」という方向へ持っていきたいだけという感じが、する。それをことごとく純が軌道修正かけていって矢晴の本音を引き出していくからいいんだけれど。 承認欲求があることによって他者評価が気になる、というのはわからんでもないんだけれど、それを動機にしたら、そもそもの創作は楽しいものではなくなると思う。 自分勝手に追い詰められて、他者の評価によって自分の価値を計り、他人に求められるものが“良い・上手い”、他人に求められないものは“悪い・下手”として、自分の表現でなく、他者の求める表現に寄せていく、なんてことをしたら、創作欲やらなんやら早々に枯渇するんじゃないかな? と思う。 というか、枯渇したでしょうが、矢晴。 面白いかつまらないか、を他人は自分の好みでそれぞれジャッジするけど、所詮はその人の好みであって、作品自体の良し悪しでもなく。 矢晴自身が【第11話】で好みの問題、特性の違いで優劣はない、って話をしているのだから、誰のどんな創作物も、刺さる人もいれば刺さらない人もいるってだけの話だと、思い出せ、矢晴。 自分が好きで作り上げたものが、全世界の全人類に「つまんね」って吐き捨てられたのなら、本当につまらないものかもしれないけれど、絶対にそれはありえない。自分自身はそれが好きで面白いと思っているんだから。と思うから。 A誌での連載作は矢晴自身も面白いと思って描いてるわけじゃないから、そりゃあつまらない作品になってただろうな、と思う。でも、矢晴が描きたいと思って描きあげた作品は、矢晴自身と古印葵ファンの純の心に刺さりまくるわけだし、古印葵の読切を読んでコミックスを買っていた人間は矢晴の描く漫画が面白いと思っているわけだし。 矢晴自身は、おそらく賞をとったことで連載を是非、みた...

■【売れうつ】の二次創作(46)(小説)

 純が全身脱毛をしているということで! ハイジというらしいんですが! と興奮したので、矢晴が純の身体をまさぐる話を書いた。若干、性的な接触がある。 ■

否定

 ここらへん、ちょっと文章がまとまらないなあとだらだらと考えているところでコメントをいただいたので、先にちょっとまとめてみたい。 とはいえ、これはたぶん矢晴の言う「己」についての理解が不十分な状態だから、結局とっ散らかるような気がする。 矢晴が否定されてきた経験によって、否定されることへの恐怖やなにをしても否定されるだろう不安を抱えているのは容易に想像できる。 それに対して、純が『否定された期間より』『褒められた期間の方が長いし褒めた人数の方がずっと多いのに?』と確かにそうではあるんだけれど、と頷けはすることを言ってくる。 矢晴が他人から否定されてきた期間はB誌での2年半、自分で否定し続けてきたのはA誌での連載期間、でおおよそ3年、といったところ。その後は思い出さないように酒浸りの1年で、合計しても4年。B誌に移るまでの物心ついてから24歳までのほうが圧倒的に長いは長いんだけれども。 純はこれまで矢晴のような経験がなくて、矢晴のように病んでないから、わかるわけがない、と思える。だからそんな簡単に言えるんだ、みたいに見える。 デビューして、初連載が大ヒットの売れっ子を、編集もアシスタントも否定するわけないんだし。顔も見えないアンチは普通にいそうだけど、純はそんなの我関せずだろうし。 矢晴の「己」フォルダには、たしかに褒められた経験とかもたくさん入ってるだろうけども、奥の方で圧縮されてすぐに取り出して確認できる状態にはなくて、ここ数年で経験して自分で何度も反芻して肥大化させた否定で埋め尽くされている、ということになっていると思う。 と、考えながら読んでいたら、その後の矢晴の創作のモチベーションの話が、簡単に言ってのける純への反発だったんだなあ、と裏腹加減に腑に落ちた。矢晴の話がちょいちょい納得いかんかったので。でも純にとっては創作が純の性質による孤独感からの逃避先にもなってはいるから、その点からは矢晴の言ってることに納得してそうな気はしないでもない。 直接の作品否定だとか人格否定だとかではないけれど、純自身が古印葵を推しても世の中は相手にしてくれなかった経験だとか漫画は自分しか救わない無能の紙屑とか思っているだとか、そこらへんを考えると、承認やら他者評価やらの話をしている時の純の語っていることに違和感がある。純って、そもそも古印葵を認めない他人からの評価に興味無...

過集中

 矢晴が考え事に気を取られて周囲が見えなくなって公園の入口のポールに激突した時に純が『てか過集中できるんだね』と言っていたのが気になり。 あれは、過集中なのか……? わりと前向きなことを考えることに集中していた、といえば、周囲が見えなくなるくらいの過集中といえなくもない……ような……? 矢晴が思考に沈むのはよくあることだけども、いつもは反芻思考で意識もっていかれるとあかんやつ、って感じはある。今回のは、自分の理想の自立について考えていて周りが見えなくなっていたということだから、反芻思考とは違っているけど、過集中……か……? 考え事に気を取られて風景すら見えてないってだけにしか思えないけど、場合によっては矢晴の大事なところを入り口のポールでしこたま打ち付けてしまっていたかもしれないと思うと、考え事もほどほどにしてほしい。ひとりで考え事して車道に出ちゃったとかなったら、純が泣いちゃう。 矢晴はその昔漫画を夢中で描いていて何時間も経ってた、ってのは過集中状態だっただろうなと思う。それだけ漫画に夢中で、楽しくて没頭できていたのをまたできるようになるといいなと思う。

同居1ヶ月とちょっと

 作中現在、同居1ヶ月とちょっと。年が明けてちょっとしたら同居2ヶ月になろうかというところ。 編集部での出会いからは1ヶ月半くらいになろうかと。 矢晴が元気になるのが超スピードで怖い。純ちの生活が健康に良すぎてヤバい。メンタルはいまいちまだまだって感じはあるけど、【第1話】冒頭の同居1年後にもあんな感じのメンタルだから、漫画が描ける、と、ポジティブ方向のメンタルになる、ってのを切り離せてるのかもしれない。 アルコール抜いて健康的な食生活などなどして、あっという間にヒゲが生えたりするくらいに栄養状態良くなって、マア、純ったらなんてスパダリ。 純の家に来て、さわやかな目覚めからの断酒の決心した矢晴もえらーい。がんばってるーー! ふたりでたくさんしゃべって、いろいろ影響し合って、愛が育まれてるよね? ね? 矢晴がたぶん一番人に話したくない家族のことを純に話してから、自分の本音を言うまでの時間が短くなってきてるんじゃないのかなあ? 純のゴニョゴニョ並みにこねくり回している感じはあれども、ちゃんと本音まで到達できるところがいい感じなんじゃないかと思う。 でもまだほんの1ヶ月半いってるかどうかなんよ? やっぱ疾すぎない? と、「疾」って文字、なんて矢晴! みたいに思って使ってしまった。余談。 純はもともと古印葵のファンだから無条件に受け入れ態勢整ってる感じあるけど、矢晴がここまで到達するのがほんと疾いな〜って、ちょっと心配になるんだけど、どうなんだろうね、今後。 純が「君を見捨てない」って言って「君をないがしろにしたくない」って言って、「何回失敗しても」「何十年かかっても」って永遠の愛を誓ってくれてる感じはあるけど、矢晴側はどうなんだろうなあ……? で、次回が忘年会編らしいから作中年内の話でと思うと、【第24話】までは同居2ヶ月に満たないくらい。24話かかってまだ同居2ヶ月に満たない。 2年以上かけて幸せにする話、だから、この先まだ2年の期間分のエピソードがあるということで。ぐいぐい話数が伸びて100話とかいっちゃったりするんじゃないかとハラハラドキドキワクワクしてみる。