投稿

野暮ったさ

 純のいう野暮ったさがどんなものかと考える。 どうも世間一般というか辞書による言葉の定義とはズレたところにありそうな気がするんだけども。 【第3話】『私が描くとどうしてもセリフ長いし理屈っぽいし古臭いし野暮ったくて ダサくなるし画面のセンスもいまいちで言語化できない部分の惹き込みが弱いんですよね』 【第10話】『長編って設定が複雑になる分説明も多くなるし』『ゲームのチュートリアルみたいなキャラが多くなればなるほど雰囲気が野暮ったくなるじゃないですか』 【第11話】『私どうしてもストロークが下手で』『線を重ねがちでこういうガサッとした絵柄になっちゃいまして』『いる線いらない線の取捨選択も苦手で絵が野暮ったいんですよね』『正解の線だけ残せてないっていうか』 野暮の対義語は粋とか洗練とかになるかとは思うのだけども。センスの良さとか。 純のいうところの野暮ったくないものは、「短い言葉でセンスよく核心をつくようなセリフ回し」「洗練された雰囲気」「正解の線を選びとり整った絵」って感じかなあ? 純が古印葵を褒めるときにはだいたい「センス」って言葉を使うから、古印葵のセンスの良さが一番理想で憧れなんだろうなとは思うのだけど。 純の暮らしぶりはけっこうセンス良さげには思えるんだけども、作風のセンスの良さと日常のセンスの良さは違うか。純が思う「野暮ったさ」がどんなものなのかは、やっぱりどうにもわからないなと思うのは、「望海可純の漫画」そのものを読めないからかな。んでもまあ、あの流行りの漫画っぽい感じかなー?という雰囲気は感じる、ような気がする。

【感想】第10話 経験・アンデッド

 前回、ラストが『いつもより多めに睡眠薬を飲んだ』という超絶不穏な終わり方で、「矢晴が死なないのは確定してるけど1週間後に台車で運ばれてるくらい動けなくなってるんだけど、ここで…?」とやきもきしての更新までの1ヶ月半が長かった思い出。 【第10話】は初のカラー表紙。白い髪、青い顔で赤い舌を出す純。カラーリングはシヴァ神。破壊と再生の神ではあるけども。矢晴を再生してくれたらいいけど、破壊まではしてほしくない。とはいえ、純と暮らしてく中で勝手に矢晴が破壊されそうな気はする……。矢晴の被害妄想の中で舌に矢晴を責め立てるような言葉が書かれてた純はこんな感じで出てきそう、って感じの怖い顔だなとも思う。 さて、本編。 転居2日目。深夜に多めに飲んだ睡眠薬の影響からか、矢晴が起きたのは昼12:18。『心労は一ミリもとれていないが』『肉体疲労はすさまじくとれた』と、さわやかな目覚め。『スーパーフカフカベッドすげえ!』とはしゃいでる矢晴がかわいい。元気でよかった。 断酒を決意して、お昼食べたときに純に財布を預けてる。その財布があまりにもボロボロで、純はそのうち誕生日とか同居○ヶ月記念とかで矢晴に財布をプレゼントしてやってくれと思ってしまう。『分かりました協力します』って純の笑顔がかわいい。矢晴に頼られてうれしかろうて、と勝手に思っちゃうんだけど、うれしい…よね? 純が仕事してて、ちょっと伸びをして。矢晴の部屋の時計で15:31と時間がわかり。台所にやってきたのは、純か矢晴か。とめくった次のページで冷蔵庫内から見たかなりヤバそうな表情の矢晴。アルコールの禁断症状っぽく。冷蔵庫漁って、台所漁って、料理酒を水割りにしてイマイチで、本味醂を水割りにして喜んでるところで、純登場。この手の大きさの違い、いいわあ。矢晴を抱きとめて、コップの中身を流しながら矢晴にかける言葉が優しくて、責めなくて、いいわあ。 矢晴が泣きながら飲んだサイダーの缶を床に置いて、それにロボット掃除機が当たって、轟音とともに暴走して、矢晴はソファーの上に避難して、という一連がかわいい、面白い。 鼻かんだティッシュをそのままそこらに捨てようとする矢晴もどうかと思うんだけども、その背後でキャッチしてしまう純の運動能力がぱねえって慄く。捨てたはずのティッシュが手に戻ってきた瞬間とか、それが純によってと気づいた矢晴の恐怖の顔...

お祭り

 で、作家さんの本業の過去作をざくざく読んでる。 そこかしこに、純の狂気や矢晴の涙や純の笑顔や矢晴の恐怖やらが見えて、うわーってなる。そしてまた、セリフ回しや画面構成がうますぎて震える。 なんかこう、【売れうつ】自体がこの作家さんの集大成かな? って思えるくらいなんだけども。この作家さんを【売れうつ】を読み始めるまで知らなかったのが悔やまれもするし、最初に読んだのが【売れうつ】であってよかった! とも思えたりする。 個人的な好みで、「ペンで細かく入れた線が好き」というのがあるんだけども、この作家さんの作品、そこいらじゅうに「ペンで細かく入れた線」があるので、毎ページはあはあする感じだし、どの作品も涙がきれいでたまらんと。

そわそわ

 そろそろ第11話の再投稿から3週だし、更新来ないかなーとそわそわし始める頃合い。先週もそろそろ2週だし、って勝手にそわそわしてたけど。 だって次の話じゃないですか、たぶん。第1話で描かれた転居1週間目って。 どきどき、わくわく、そわそわ。 「14話まではほのぼのライフ」ってことだから、転居1週間目のあの光景も、ほのぼのライフに転換していくのだろうかと思うと、なにがどうなって? とほんとにワクワクするんだけども。 15話からのほのぼのじゃないライフがどうなるのかも戦々恐々だけれども。 作家さんの本業の作品をいくつか見てて、ちらっと思ったのが、純と矢晴のキャラデザって、たぶんこの作家さんの手癖が一番出てる、馴染み深いキャラデザなんじゃないかなーと。言い換えれば、一番好きなタイプの顔かなって感じで。 あと、この作家さん、泣き顔がほんとに上手というか、こんだけ心揺さぶられる涙を描ける人はじめて見た……って気分になる。 はー……、矢晴の泣き顔はかわいい。笑顔もかわいい。純はかっこいいし、かわいいし。たまらんですなあ。 もうじき次の末尾0になるからあれやらこれやら書いておこうって考えたことをすっかりと忘れてしまって、メモをとっておくんだったと毎度の後悔をしながら。【売れうつ】の続きが待ち遠しい。

貶し方

 純は古印葵の漫画を褒める時にセットで自分の漫画を貶すけど、技術的な面を貶してはいるけども、ストーリーが面白くないとかは言ったことがないなと、思った。 純は、漫画が面白くなるようにストーリーを組み立てて、盛り上げて、ってことは普通にやれるし、面白い漫画になってるし、矢晴からも「漫画がうまい」と言われてるくらいだから、人気が出て売れっ子になってる。 漫画は「絵がうまい」「話がおもしろい」「漫画がうまい」みたいに分類されそうな気がするんだけども、「絵がうまくても話はいまいち」「話はおもしろいのに絵がいまいち」とかふつうにあるし。絵が、ってのも、絵柄だけの話じゃなくて、画面構成全体を含みそうで。絵柄も読者それぞれに好みの絵柄ってのがあるし。評価軸としてはかなり複合しそうな。 「漫画がうまい」ってのは、絵柄も、話も、構成も、全部コミコミの評価かなーと思う。ただ、純は、自分の理想の(古印葵みたいな)漫画は描けてなくて……というだけのことで。 もし、純が自分の漫画を「面白くない漫画」とかって貶してたら、矢晴はむっちゃ怒りそうだなあと、ちょっと思ったりした。矢晴、むっちゃ漫画好きだし、真剣だし。とはいえ、矢晴は「望海可純の漫画」が好きかどうかはわかんないから、「自分が好きな漫画作品を貶される」とはベクトルの違う怒りになるかな? 【第10話】では矢晴に諭されてたけど、矢晴にむっちゃ怒られる純が見てみたいなと、思ったりもする。

幻滅する病

 わりと、「この漫画(小説など創作物全般)好きだったけど、作者の人間性に幻滅したから、作品も好きじゃなくなった」という話は多い。 作品の魅力に心酔し、作者を神格化するあまりに、人間としての本性を知った時に幻滅するというのはよくあることかと思われ。政治の話をするなとかもそのたぐい。 【売れうつ】も、当初の急激なバズリから、「売るための仕込み」「どうせすぐ商業化」だのと言われているのはちらっと見かけた。 第5話では、作者さんが『五話目はキャプションとツイート含め、99%の創作に1%のステマを混ぜた実験的なもの』『作家バレしているのですぐ察知されると思っていた自己ツイネタがあまり察知されていないと思い、五話に仕込んだ自己ツイをキャプションに追加。』と、ステマかどうか、というと、むしろダイマな感じだが、作家自身を売るためというよりも、「作家さんが好きなものを紹介した」程度に思う。 【売れうつ】という略称を決めてくれたイラスト投稿【【売れうつ】ただの絵(1)】はキャプションでのお知らせが重要なのだが、キャプションを読まない人もわりといて。キャプション全文をキャプチャして流す人もいて。 閑話休題。イラスト投稿のキャプションを読む限りでは、5月頭の急激なバズリは商業的に売るための仕込みじゃないというのが、はっきりとわかるし、【第5話】のキャプションに『仕事が先5年は忙しいため現在商業化のお誘いはお断りしております。』ということが書かれていて、この作品は商業ベースに乗らないことが告知されている。 作家に対する幻滅のうちのひとつに、「作家が金の話をする」というのもあって、商業ベースに乗った途端に「金の亡者」だの「結局金稼ぎか」みたいなこともあり。それなりに盛り上がった作品も、商業への転換・告知の大失敗で急速にファンが離れて大惨事になったものもあり。 作品を純粋に楽しみたいがために、作家のひととなりは知りたくない人もいれば、身近に感じたいから作家のひととなりを知りたいという人もいる。そこらへん、塩梅がむずかしいだろうなあと思う。なにげない他愛ないひとことで激昂する人もいるから。 溺英恵さんの、pixiv以外にアカウントを作らない、というのも、作品と作者を切り離して作品だけを純粋に楽しめるように自由に描けるように、ということかもしれないし、作者を詮索することで作品に変なノイズが乗...

底が知れない

 純が矢晴の漫画に対して感じていること。 【第5話】で『底が知れない…』『うーー 芯の部分を分析できない言葉にできない』『こんなに魅力的なのに正体がわからない』と足をもぞもぞさせて考えてるところがかわいいなと思う。ハタチ前後の若造が、わりとけっこう傲慢な思考だなと思いつつ。 たぶん、今も古印葵のことは「底が知れない」と思ってるんだろうなとは思うし、底が知れるほどの作品量もなくて、分析できるほどの材料がないんだなと思う。魅力的なのは変わらず、と思うんだけど、その魅力が「正体がわからないゆえのミステリアスさ」から出ているのだとしたら、福田矢晴という人間を知っていくことで魅力的と思っていたものが色褪せていきそうな気はしてしまう。 とはいえ、【第9話】で『繰り返し読めば読むほど夢みたいに気持ちいい』と言っている。官能に訴えかける部分は「正体がわからないゆえの魅力」ではないと思われるので、純にとって、古印葵の漫画はただの娯楽作品としての漫画というカテゴリには収まらない別格のものになっているんだなと思う。 私自身が、娯楽作品としての漫画を読んでいて、その作家の”底が見えた”と感じてしまったときにそれ以降読むのをやめてしまうことがあり、その「自身のなかで急速に魅力が失われていくさま」を知っている分、純が古印葵に対してそうなってしまったら……という不安はずっとある。

呼び方

 純と矢晴は、最初、「古印先生」「望海先生」って呼んでて。矢晴は純に『純って呼んでください』って言われて「純さん」って呼ぶようになって。純は矢晴の本名聞き出して「矢晴さん」って呼ぶようになって。 敬語はずしてからは、「矢晴」「純」って呼び合ってて。純はたまに「古印先生」とも呼ぶけども、矢晴は純のこと、わざわざ「先生」って呼ばないな。 【売れうつ】の話をしている方々は、いろんな呼び方をしていて観測するのが面白い。 「純」「矢晴」と呼び捨てにしてたり、「純さん」「矢晴さん」、「純くん」「矢晴くん」と呼ぶ人もいたり。矢晴は下の名前で呼ぶのに、純は「上薗」「上薗さん」「上薗くん」と名字で呼ぶ人もいたり。 「望海先生」「可純先生」、「古印先生」「葵先生」と先生付きの呼び方もそれぞれで。 「上薗純」「福田矢晴」とフルネーム系も、「望海可純」「古印葵」とペンネームのフルネーム系もあり。 検索避けなのか、単純に間違えちゃってるのか「上園」「矢春」も頻繁に見かけたりはする。 人の呼び方ってのは、基本的には「近しい人が呼ぶように呼ぶ」か「自身の立ち位置を規定している」かなと思うので、呼び捨て、さんづけ、先生系は「わかる」って感じがするし、オタクは比較的フルネームで呼ぶからフルネーム系も「わかる」って感じがするんだけど、「くん付け」だけは、どこらへんの立場から呼んでるのかわからなくて。近頃のヤンキーは上の人たちを「くん付け」するっていうから、そこらへんの文化…?

ライバル心とか対抗心とか

 才能のある者同士の物語というと、だいたい、「相手の才能に嫉妬して」「勝ちたいと思って」「勝負して」みたいになると思うんだけども。 純は、古印葵の漫画に心掴まれてて、かなり強火のファンで、憧れてて、大好きで、執着してて、と思いつくまま並べても、別段、「古印葵に勝ちたい」とかの気持ちが出てきそうになく。同じ雑誌でデビューしたくて月例賞に応募するくらいだし。デビューして漫画家になったら、憧れの古印先生にご挨拶して仲良くなりたかったんだろうなあとか思う。 矢晴は、望海可純の漫画はうまいと思ってそうだけど、「ライバル視して同じ雑誌に載りたくないからB誌に移った」ってわけでもなさそう(語られてないだけかもしれないけど)。でも、デビュー作と連載2話目までしか読んでないのに望海可純の名前を覚えてたってあたりは、もしかしたら望海可純に何らかの感情をいだいていそうには思う。 ただ、今の矢晴は、漫画家として人気出てていっぱい売れてる純のことを、「成功した漫画家」として羨んでて、「成功してない漫画家」の自分と比べて、自身を嫌ってそうには思える。 漫画の内容とか描き方とか作風も違うしなあ。お互いを高め合う存在にはなれそうだけど、ライバルではないなあ、と思う。

【感想】第1話 虚・プライド (再)

 感想読み返してみると、第1話はなんだか感想になってなかったな、と思うので、ちょっと書き直してみようと思う。 『二年ぶりに漫画を描いた』1コマ目の一人がけソファーに座る矢晴の姿が、なんだか死刑宣告でも受けるかのように見えたり、2コマ目の目元のアップがしっとりかわいいと思ったり。 何周もして第1話に舞い戻ると、純が古印葵の前だというのに「男性」な感じなのがけっこう違和感出てきたな……って気分になるのだけど、1年も一緒に暮らしてたから矢晴にすっかり慣れたからの変化なのか、第1話だからキャラが定まってなかったからなのか、と、ちょっと本筋に全く関係ない疑問を持ちつつ。 矢晴としては『ブランクでボロボロの絵』『鈍った感覚で構成された緩急のないコマ割り』とうまく出来たとはまったく思ってなさげの漫画を『やっぱり矢晴は…』『古印葵先生は天才だ』から始まって『少なくともあと5周はして』『作品の感想をたくさん言いたいけど……』と古印葵ガチ勢の純が言うってことは、ちゃんと「古印葵の漫画」が描けてるんだなあ、と感慨深く。読んでみたく。 『漫画への思いは漫画で描いて返す』って純が、むっちゃ「男」の顔しててかっこいいんだ、これが。その後の展開が怖くなる予感しかしないけど。 『こいつが』『どれだけ』『褒めようが それが嘘だろうが本心だろうが』『関係ない』というモノローグが、けっこう好きで。初読時からここの流れがかなり好きだったと思うのだけど。純のこと信用してない雰囲気とか、なんかいろいろ。うわぁって気分になったところで、すごい美人な純の顔出てくるから余計に、うひゃぁってなる。美人すぎだろ、純。 『二年前 私は漫画を描くのをやめた』からの自然な流れで過去回想が27歳当時。髪も短くて目の下のクマもない矢晴、かわいい。 『まあ漫画なんてただの娯楽だし』のシルエットと風の吹き方がすごい好きなんだけども、ここも、うわぁってなる。 『最後に描いた漫画は初の連載の第4話』から担当の菊池さんとの打ち合わせ。菊池さん、ちょっと細い。こっから1年ちょっとで、矢晴はガリガリに(もとから細いけど)、菊池さんはもちっとしてしまうのね……。 この過去回想だけ見ると、菊池さんが古印葵を潰したように見えるけども、後からB誌で受けた仕打ちとか出てきて、菊池さんだけじゃなかったなあ、とは思えるんだけども。それでもこう、担当...