【感想】上薗純、曰く
【売れうつ】の更新はないけれど、なんだか純が見た居酒屋の矢晴に似て見えて、動揺している。え、これ、矢晴じゃない? 矢晴だよね? どどどどうなの……!? と、何も手につかない気分になりつつ、感想を書くために【上薗純、曰く】を読み返しつつ。……矢晴……だよねえ……?(「にゃはーい」の真ん中「やはる」って読めるじゃん!? とかも思ったりしているが、このイラストに対して「矢晴だー」と言っている人は私以外いないようなので、矢晴じゃないのかもしれない……。)
はてさて、【上薗純、曰く】は(1)が【第5話】、(2)が【第6話】、(3)が【第13話】で、純が古印葵の作品に出会ってから、現在、同居1か月目までが描かれている。
【売れうつ】は、「漢字・カタカナ」のタイトルは矢晴視点、「上薗純、曰く」で純視点で、それぞれの視点人物が語る形式になっている。ところもまた、漫画がうまい。
さて、感想本文。
純と古印葵との出会いは、大学時代、旅行中の非日常な空間で。雑誌に掲載されてた読切作を10周するほどのハマりっぷり。『恋愛を扱ってるけどA誌によくあるラブコメではない』と分析しているから、わりと普段からA誌読んでるっぽいなと思ったから、「普段A誌を読んでる→初めて古印葵の漫画を読んだ→古印葵のデビュー作」とか思ったりしたんだけども、『春眠の底』はカラーページもあるみたいだからデビュー作ではない…のか…? とも思う。普段からA誌読んでるけど、興味ない作家は飛ばしてて、旅行中手持ち無沙汰で全部読んだら古印葵にハマった、とかかもー? とかも考える。
純のハマりっぷりがかわいいんだ。なんでこんなに心掴まれてるんだ!? って一生懸命考えてるけど、理屈じゃ説明できない感じで。ここから【第9話】のうっとりしながら『矢晴さんの漫画…』『心の…誰も触ってくれないところを』『触ってくれるから』『他じゃ替えが利かないんです』『こういう幸せを私にくれたのはあなただけ』『繰り返し読めば読むほど夢みたいに気持ちいい』にまで古印葵にどっぷり行くのか……と思うと、純がしこたまかわいい。
そこから数年後。授賞式で壇上の古印葵を見て、スピーチ聞いて、師匠の牧野先生に背中を押されてサインをもらいに……。このとき、サインもらえたんだよね? 「授賞式のときに単行本にサインもらいたかったけどもらえなかったから、『今度は…』『手帳に…』」だったりする? とか、純がこんなにおっきい子なのに矢晴が完全に初対面みたいで「授賞式でおっきい子にサインした」記憶すら語られないから、サインしたこと自体がないんじゃないか……? とも思えて。純が授賞式でサイン貰って熱烈なファンだってことアピールできてたら矢晴はA誌を出なかったんじゃ……? とも思えてしまって、このときの純の行動とサインもらえたかどうかが本気で知りたい。
後々、純の本棚で矢晴が古印葵の単行本を見つけて、開いてみたらサインがあって、その時のことを思い出す(【第6話】で純が『今日ここで会ったこと思い出すためにサインをもらいたいんです』って言ってるし、もらった状況思い出せるならサインした状況も思い出せるかも?)のを期待してみたりもする。
古印葵に憧れてA誌でデビューしたけど、古印葵がいなくなって、3年ぶりに古印葵がA誌に帰ってきて喜んだ、というのがさらっと1ページにまとめられ、古印葵がいなくなっていた3年間の純の行動・感情は描かれない。なにやってたのさ! とも思わんでもないが、矢晴の状況を知るよしもない純がなにかしらの行動を起こす方がおかしい。
けど。
古印葵の連載作を読んでからの純の思考と行動が“おかしい”。
『古印先生本来の良さの支持者が少なかったのかもしれない』『だとしたらもっと布教してこの世の基準を私寄りにするしかない』ってどんだけの影響力を自覚しての思考なのか。意気込んで布教活動を始めるものの、純はプレゼンが下手だった……。
インタビューでの『今そんな話してないんですが』って表情とか、アシグループ退会の流れだとか、純の性格が垣間見え、それが後々、「純が古印葵に興味を失ったら矢晴を捨てる、かもしれない」という読者側の恐怖感に繋がっているかと思うのだけども。純は熱心に布教してるつもり(出来てない)なのに、世の中は全然古印葵に興味を示してくれなくて、純の話を聞いてくれる人はいなくて、という「この世への絶望」と「さらなる孤独」が「古印葵への狂信」に拍車をかけたかなあ? とは思える。
アシグループ退会後、アシとの作業通話で『木戸ちゃんが感動したとこって何ページ目?』『それってさラストページが』『自分の中にある感情が高まった記憶を想起させたから感情が高まったの?』『どのシーンで共感して感情が昂ったのかリサーチしとかないとって思ってさ』と言っているところで、【第10話】の矢晴の『読者の記憶の中にそんな蛍光灯があれば』『古い蛍光灯の絵を見た時に』『一呼吸分の時間を感じさせられるかと』が浮かぶ。
純もちゃんと出来てるくない? という気持ちと、純がよくわかってないけどわかった気になって仕込んでる仕掛けを、矢晴が解き明かして説明してくれてる感じもしたり。純はどういう段階を踏めば盛り上がるのかってのはわかってるけど、なにがどう作用してるのかはわかってないのかなーとか。後の話を読んだ後だと、またここらへんの読み味もかわってくるなあと感慨深く思いつつ。
アシスタントの木戸に『えー……』『もしかして先生って感情がない?』とか言われる純がえらいこと可哀想なんだけども、それを受けての純の顔がえらいことヤベエ怖え……。このシーン、「お前と同じ感想を持たなかったら感情がねえことになるんか、おおん?」と木戸をミンチにしたくなる衝動を感じるんだけども、純も同じ気持ちかしら……?
アシグループ退会した勢いとこの表情から考えると、この場で木戸を解雇しててもおかしくなさげなんだけど、純は事を荒立てず。えらいねえ……、よく我慢してるよねえ……。でもやっぱり古印葵の布教には失敗してるけど。アシグループ退会の直後に古印葵の名前出してもそりゃー、みんな黙るってばさ……ってあたりに、純の視野の狭さが見えるような、気もする。
『きれいな花を見つけたのにどうしてみんな無視するんだ?』『みんな他の人が言ってることしか喋りたくないんだ』ってシーンが切なくて。きれいな花を摘んで握りしめてる純はどうかと思ってしまうけども、古印葵をトレンドに載せれるほどの影響力を純自身が持ち合わせてないけど、純の漫画はたくさんの人が話題にしてるからと話題になってトレンドに載る、みたいな、純の望まない世の中な感じ。
純個人の無力感は当然のことなんだけども、同時に、トレンドに載る望海可純の漫画の影響力とか見ると、純も辛そうな感じはある。純の漫画は絶賛するけど誰も純自身に興味ないっぽい感じ? と思うと、同居してからの矢晴がなんだかんだと「純のこと」を質問してるのは、純にとっては嬉しいことにもなるのかなー?
そして1年後。と思ってるんだけども、ブックワインのインタビューが2020年7月だけど、アシグループ関係は翌年の夏とかだったりする? 古印葵に会えることになる数ヶ月前くらいだったり……? とここらへん曖昧。
古印葵に会えることになるまで数日〜数週間前くらいの秋。編集部。ここ読むたびに、純が編集部に自分から行くのって、やっぱり古印葵情報仕入れたいためよね……? みたいに思う。毎週出向いてなかったらこんな話にもならないから、純の強運による巡り合わせと純の努力が実を結んだのねえ……と感慨深く思ってしまう。
『色々探してるんだけど小説家さんのこだわり強くて厳しくて……』という案件に『古印先生なら透明感と光のカラー得意ですし』『こういう生活の一部の切り取り方のセンスいいし雰囲気の方もあってるでしょ?』とすすめたら、こだわり強い小説家にも『この小説の作家さんに古印先生の絵を見せたら好感触でして!』『センスが好きって言ってましたよ!』と気に入られてて、純も嬉しかっただろうなあ、と思うのだけども。菊池さんが矢晴にそう話したところを純が聞けたかどうかはわからないけど、矢晴が編集部に呼ばれた時点で、小説家に気に入られて仕事の打診をされるってのは確定だから、「古印葵を認めてくれた!」って喜んでるとは思う。
『ファンなのでいつかお会いしたいなあとは思ってますね』とさり気なく要望を口にして『じゃあもし打ち合わせにきてくれるってなったら日時教えましょうか?』『ぜひ!』と話が進むあたり、純がうまいのか、編集のノリが良すぎなだけなのか。
でもその後の担当の話がキツイんだー。純、むっちゃショック受けてさー。たぶん、純ったら、ここで編集に言われるまで「死んでるかも」なんてこと考えもしなかっただろうし、古印葵が精神病んで連載打ち切ったってことも知らずにいたのかなあ? と思える。古印葵の状況自体、純自身の想像の範囲から大幅に外れていただろうな、とは思うし。ここでやっと、「古印葵は1年以上前に、重めに精神やっちゃってた」と知り、ショックを受ける。辛い……。
連載打ち切ったときも多少なりファンとして心配はしたんだろうなとは思うけど、赤の他人のただのファンがなにをできるものか、という感じだったろうし、どこか他人事だったろうし。でも「精神やってて死んでるかも」なんて夢にも思わなかっただろうなというのは、純のポジティブさゆえかもしれない。
その後、確実に古印葵に会えるようにと念を入れて、【上薗純、曰く(1)】が終わる。ここの『絶対会いたいので念には念を…』という言葉と担当に笑顔を向けている割に笑ってない目元が怖いんだけども、純の必死さ、だなあ。
そして【上薗純、曰く(2)】はそのまま編集部の続きから。
遅くまで打ち合わせして、食事に誘われて快諾し。『古印先生について詳しく聞こうと思っていたが担当の桜木はほとんど知らないらしく諦めた』というあたりが、獲物(古印葵)を仕留めようとするハンターじみてて、ちょっと怖い。でも、これもまた純の必死さなんだけども。
あと、四階の話。【第2話】【第3話】で登場した四階がどんな人物で、純がどんな印象を持ったのかが明かされる。もともと純は四階に対して『愉快でおしゃべりな人ってイメージしかなかったですけど』と言うくらい特段興味も持ち合わせてないけども、ここでの話と、編集部で古印葵を罵倒してるような四階を目の当たりにして、権力に弱い四階の特性を利用して権力(売れっ子漫画家という立場と前担当の局長、古印葵の受賞歴)に訴えた感じがするかなあ。
で、時間は進んで古印葵と会えた純が、矢晴と散歩して、喫茶店でサインをねだる。
『この名前ももう捨てたんですけどね』と言う矢晴に『私は』『ずっと覚えてましたこれからもずっと覚えてます』と言う純の言葉は、矢晴にとって嬉しいことだったのかどうなのかは謎だけども。純はほんとに古印葵のこと大好きなんだなあ、と。
ただまあ、矢晴の本名ゲットして下の名前で呼んではいるけど、純にとって矢晴は「憧れの古印先生」でしかなくて、生身の福田矢晴と仲良くなろうって感じでもないんだよなあ、とは思う。ミント色の鉄柵のシーンの俯いた矢晴の表情と言葉が切ない。矢晴の視線は右側に寄ってるのはどういう心理状態かなあ。
そして居酒屋。酒が入って饒舌になってる矢晴がかわいい。ここで話してる映画ってどの映画なんだろうか。恋愛ものっぽくはないよなあ? と思うのだけど。矢晴自身漫画も読めなくなったなら映画も見れなくなっててもおかしくないから2年以上前の作品だろうけども、純も観てるくらいの映画……。なんだろ?
ここで矢晴が話した『最後のセリフが好きなんですよお「たかが金じゃねえか」って』〜『希望じゃぁないですか』を純が大事にしてくれるのがいいんだ。【第9話】の『気負わないでください』『〈たかが金〉じゃあないですか』って。とはいえ、矢晴はこの話をしたことも覚えてないのか、ピンと来ない感じなんだけど。
居酒屋の後、矢晴のアパートで『「たかが金」で解決するものがこの世には五万とある』という純の思考と掃除する行動、矢晴のアパートや環境を見ての衝撃とか絶望とかなんかいろいろ。『あなたが写真を撮らなくなったのは』『いつから?』『あなたが筆先で見せてくれた忘れたくないものは』『ここにあるのか?』っていうところがむちゃくちゃ好きだったりする。
純が古印葵の漫画読めたの、単行本2冊だけで単行本になってないのが数本あったとしても総ページ数500くらいになるのかな? たったそれだけに何年もすがってきた純の古印葵への気持ちとか、なんか、言葉にならないけども、このシーンが私は好きで。
その先の学生時代に死んだクラスメートの話は、死んだ子と純との関係が希薄すぎて、いまいち私にはよくわからない挿話ではあるのだけども、希薄ゆえに「特に関わりを持たず頼りにされることも頼りになることもできなかった、しようとしなかった周囲の人間と同類な自分への怒り」なのかなー? と、うすらぼんやり。
だから『私はあなたの前では「たかが」を渡さず口だけ出す偽物なんかにならない』というところに着地するんだろうなと思うのだけども、純、金持ちだからな……、純の今の環境だと「たかが金」はほんとに「たかが」って感じなんだよな……、とは思ってしまう。とはいえ、純は「金だけ出す」ではなく矢晴の世話をしてくれるところがちゃんと“本物”なんだろうなと思う。
“本物”なんだろうなと思うんだけども! 『これは慈愛』って歪み過ぎだよーーー!
純のこの歪みまくった感じが、フォントの歪みと相乗効果で、漫画がうまい。泣いちゃった矢晴を見下ろす純の目が矢晴を見下して見えるのと、矢晴を映した瞳がどんどん歪んでいくのと。歪みすぎだ、純。
結局のところ、純が“慈愛”だのと言ったところで「自分の好きな・愛するものにだけ自分の愛を注ぐ」っていう自己中なことには変わらないわけだし。純が救おうとするのは古印葵だけだし。ただ、どれだけ愛が深かろうと重かろうと大きかろうと、永続するものではないと思うと、その後が怖くなってしまって。純の気持ちが変わってしまったときの矢晴はどうなるんだろう……とずっとドキドキハラハラしている。矢晴もそれがわかってるから「知ったら幻滅するから過干渉をやめたほうがいい」と言うのだろうし。自分の描いた理想像に愛を捧げてるタイプは、本体が理想と外れたときの愛憎の転換が恐ろしいと思うし。
愛憎の転換が起こったときが恐ろしい、と思えるくらいに、純は古印葵に一途に愛を捧げてるとは思うんだけど。むっちゃ古印葵のことが好きな純がかわいい。
『気持ちを伝えれば伝わるはずだ』って考え方が独り善がりで傲慢すぎて、そんな純が好きなんだけども、本気で安心させようとしてて、本気で愛を伝えようとしているのに、考え抜いて差し出した言葉が、矢晴を死ぬほど怖がらせてるのが、不憫かわいい、純。だって怖いもん。
すごい前のめりだったのが、矢晴に逃げられて、スン……ってなる感じ、で【上薗純、曰く(2)】が終わる。
このラストページ、上のコマが「矢晴の見た純」で下のコマが「純自身の考えてる純」という解釈も見かけている。正解は作者さんしか知らないことになるけども。そしてまた、この話のキャプションで『売れっ子を異常にすればするほど1話のキャプションが気色悪くなり後悔するが』と書かれているので、純の異常性は作者さんが盛りに盛ってるらしい、かな?
古印葵への執着と、古印葵を認めない人間への表情やら対応やら、たしかに、異常なのかな……? とは思えるけども、純の気持ちが理解できるので特段異常と思うこともなく。異常に見えるように創られたキャラクターだから、それが正常、ととらえているのかもしれない。純はふつうにこういう子、と受け取っている。
この【上薗純、曰く(1)(2)】で描かれた「異常な純」の印象とこの後の矢晴視点のエピソードでの純、矢晴が純に対して抱いている感情を受け取ってから、【上薗純、曰く(3)】を読むと、純が別人レベルに見えるくらいに印象が違う。
そもそも【第7話】後半の純と、同時に更新された【第8話】の純とでも違いすぎて、違和感を抱くわけだけども。まさか【第7話】の後半で語られていたものが、矢晴の改変された記憶だなんて! という驚きがすごい。漫画がうまい。
【上薗純、曰く(3)】は前後編で構成されている。前編は同居を開始した当日から4日目、後編は前編の続きの4日目から同居1ヶ月目まで。【第12話】までで同居1ヶ月目までが矢晴視点で描かれているので、純視点で1ヶ月遡って語られることになる。
冒頭、出会ってから同居開始するまでの純の見てきた矢晴と居酒屋での出来事などが過去回想で語られる。『古印葵 福田矢晴は』『思っていたより饒舌だ』という純の思考からは、純が古印葵の漫画から感じていた作者像が垣間見える。「セリフを削り、絵で語る漫画を描くから、寡黙な人」と思っていたのかもしれない。純の感じた『そういう性格だからか』の意味するところは明確にはわからないけども、『思慮深いが故に』『言葉に憑りつかれて言葉に苦しんで言葉を厭う人なのだろう』というのが「そういう性格」ということになるだろうか。でも、「そういう」ってどういう……? という疑問はずっとある。
あと、引っ越してきた矢晴を見てるアングルが、純、どこに立ってるんだい? という感じがする。コタツのある窓側の壁、小上がりの和室のところの壁と合わさるあたり(リビングの隅)から見てるわけで……? なんでそんなところに……と思ってしまう。
改めて、純視点で同居1日目から語られるので、【第12話】のその後を知りたい気持ちが宙ぶらりんにされるのだけども、矢晴の語らなかった同居生活や矢晴の見てない純のことがいっぱい見れるのは嬉しい。
【第9話】で『夜更かしや徹夜してたら漫画描けませんからね』と言っていた割に、夜更かしして矢晴の療養について勉強したり調べ物したり考えたりしている純の努力を矢晴は知るよしもなく、って感じなんだけども、純が矢晴のこと大事にして、ちゃんと世話しようとしてるのがじっくり見れて、とても良い。頭いい。かわいい純。
でも、【第9話】のあの大好きなシーンが、【第13話・前編】で純のなかでは『夜は悪いことを考えやすいらしいしいっぱい褒めよっと!』『あれれ???』という軽い感じだったのが、個人的にサミシイ。でも寄りかかってしまった矢晴に『あらかわいい』って思ってる純はかわいい。
同居4日目は、アルコール欲しい矢晴がマウスウォッシュ飲んで。ベッドに伏せて『くるしい…』と言う矢晴に背中をさすっている純は優しいけど、『マウスウォッシュなんか飲むからですよ』っていう言い方はどうよ? という気分になりつつ。
「くるしい」「悲しい」と言いながら、矢晴は妄想の世界に囚われていってる感じで『こんなのみてなにがたのしいんだよ』『わらうな…… ……わらうな!』と。それに対して『笑ってませんよ』って言う純の顔が影が強くて伏し目な感じになってるのが、余計に疲労を感じさせるのだけども。純は矢晴の相手するのに疲れちゃってるのか? まだたったの4日なのに? 先は長いんだぞ! とか思っちゃったりもする。
ここからの純の回想、【第7話】との対比で、矢晴の記憶の変容が表されて、純への印象がガラッと変わる。やっぱり【第7話】後半の再訪した純、あんなにイヤラシカッたの違ったんじゃん! と歓喜した。ただ、【第6話】の『これは慈愛』とか言っちゃってる純ともかなり違う印象になる。さて、どれが本当の純なんだ……? と悩みつつ。
この回想というか、【第2話】から【第8話】水曜日に編集部で矢晴と会って、徹夜で部屋を掃除して、木曜日に帰った純が、翌日の金曜日の昼にお弁当差し入れに来て、今日の筋トレと家庭菜園の世話は終わってて原稿はアシの仕上げ待ち……と考えると、純はこの週の原稿は「水曜に古印葵に会うから」と月・火で作業を済ませてるんだな? と思う。矢晴に『望海先生は時間大丈夫なんですか? 忙しいんじゃないですか?』って聞かれて『全然大丈夫です!』って言ったの、本気で全部終わらせて来たっぽい気がする。
純の回想のなかでは、純は矢晴の現状を知り、矢晴の身を案じ、真摯に説得している。古印葵がこの世から消えてしまう恐怖からの行動とはいえ、純が古印葵を大事にしたい、生きていてほしいという気持ちは本物だから、古印葵である福田矢晴を大事にしてくれそうとは思う。
ここが実際に矢晴とどんな会話で記憶のすり合わせをしたのか知りたいなあと思うのだけども、実際は『にゃはって言って私を嘲笑ってる』『ずーっと見下した目をして私で遊んでる』『大丈夫ですよそんなことしたことないですよ』『私はあなたを嘲笑ったりしない』『あなたの背中に目はついてない』……と回想前後の会話がつながるだけなのかもしれないな、とも思ったりする。
切ない表情で矢晴に訴えかける純がもう、たまらん素敵なんだけども、やっぱりなんだか言葉に頼ってる感じもして、その気持ちは矢晴に届くのか――? というところで、【上薗純、曰く(3)前編】終わり。
【上薗純、曰く(3)後編】は、【前編】の同居4日目の矢晴の部屋でのシーンの続きから。
結局のところ、矢晴は純の言葉を信じて純を信頼したのかどうか、純は矢晴の反応に対して何を思ったのか、というのはいまいちわからない。純は矢晴に睨まれて動揺した感じはとてもする。そりゃもう萎々と。
とはいえ、翌日の同居5日目からは矢晴は純に対して得体の知れない恐怖は感じていないようだから、純の訴えは矢晴の心に届いたといえるのかもしれない。
矢晴が記憶の変形について落ち着いて話し出して、純は矢晴が「アメーバから人間に進化した」みたいに考える。そして自分が読んだ本を思い出して、取り入れた知識を総動員して矢晴に話す。のが、受け売りっぽい話しぶりで、純自身も『突然のうんちくマンになってしまった』と落ち込んでる感じがかわいい。
それにしたって、矢晴と知り合ってから矢晴のために読んだのかどうなのか、思い出してる本の量が尋常じゃない感じに多く感じるのだが。矢晴の療養のためにいろいろ考えて勉強してるときも、かなりの量の本を積んでたから、かなりの勉強家ではあるんだろうなあと思う。純、えらいね。
『純さんもその方面の本読むんですか?』とうっすら笑顔になった矢晴の内心が、「同じことに興味を持っててうれしい」といった感じの陽の笑顔なのか、「こいつ、本の受け売りばっかりじゃねーか」という陰の笑顔なのか、というのがよくわからないのだけども、純は『あ笑ってくれたかわいい』とかわいいこと考えてて、純がかわいい。
矢晴が自分の病状を語り、かなり理知的論理的に話す、のを4日目に聞いているから、5日目に『ネーム見てくださいよ古印先生』と漫画に触れさせようとしたのかしらねえ……? 矢晴がネーム読んでる間の純が滅法かわいいんだ。
話がそれた。んで、矢晴が『人為的な偽の記憶は情報源感作で正せるって論文を読んだことがあります』と話して純が『じょうほうげんかんさってなんだろ? 調べなきゃ』と考えてるところが、矢晴と純の知識レベル、頭脳レベルの差を感じさせる。作者さんが【第14話】のキャプションで、『前回矢晴が言ってた情報源感作(ソース感作)の論文』と示してくれた論文は英語で、公開時期がけっこう最近だったため、矢晴がアルコールにズブズブだった頃にこの英語の論文を読んでいたということで……? と矢晴の頭脳がやべえレベルに思えて、恐ろしい子……と震える。
純がどんだけ勉強しても、追いつけそうにないなあ……。純は古印葵の底が知れない、と畏怖し憧れてるけども、ほんと、底が知れない……。(のは、この【売れうつ】の作者さんも同様だなあ……と恐れ慄く)
同居6日目の『質問に答えられなくて誤魔化してしまった』というのも、矢晴と純の思考レベルの差を示してるのかなーと思うのだけども、純もじゅうぶんに頭いい子なのに、矢晴(古印葵)の前だとけっこうポンコツになってしまっている感じはある。とはいえ、ここの会話は矢晴の質問に答える、以前の問題なんだぞ、純。
矢晴の笑顔がたくさん見たい、と思ってる純がかわいい。同居してたったの6日で笑顔引き出して、あんなにわーきゃーと走り回って遊べるくらいにしたのはすごいことだぞ、純。
同居14日目には人間ドックに一緒に行って。人間ドックは受診当日の2〜3週間前に書類やキットが届いてどうの、となると、矢晴が引っ越してくる前には申込み済ませてたかもしれないとも思えるし、同居始めてすぐに申し込んだとも思える。どちらにしても、手回しがよく、矢晴のこと大事にして療養させることへの純の本気がうかがえる。いい子だ、純。
そしてそして、肝心の、同居21日目。
うっとりと矢晴の話を聞いてる純がかわいいのに、矢晴はかなりしょっぱい対応。そして、どういう心境なのか、純に『吐き出したいことを純に伝えれば』『私は漫画を描かなくて済むんだ』と話し出す。純も真意がつかめずに『――え?』と間があったのかな。
『純が聞いてくれればもう充分だよ』『全部お前にやる』という言葉と顔がイヤラシイんじゃ、矢晴。聞いてた純が、黒バックで滅法ショック受けてるじゃないか。やっぱりここの矢晴、かなり投げやりで自棄になってる感じがするから、純も『固い瓶のフタは急に開く!』と引き止めるのに必死になって声を荒らげたのかなあ? と思う。矢晴にとっては、ここで声を荒らげた純に「怒られた」とは思ってないみたいだから、矢晴にこの純の話はどんな影響を与えたんだろうか、知りたい。
かなりの剣幕の純が、『私じゃ古印葵を紡げないのは私が一番知ってる』と苦々しげな表情で伝えてるのは矢晴の『全部お前にやる』を突っ撥ねてる言葉になるんだろうけども、ここのふたりのコマにまたがる「切れた縄」は結局どういうことなんだろう……。とは未だに解釈がまとまらない。純の「古印葵を死なせない決意」かなー? とも思ったりした。
同居4日目で矢晴が自分の病状の捉え方を話してくれて、同居5日目にはネームを見てもらってアドバイスもらって、同居6日目には一緒に絵を描いて笑顔にさせて、はしゃぎまくって。とかなりスピーディーに親密になれてたけども、矢晴の心境がどんなふうに変わったのは、矢晴視点では6日目、7日目から飛んで3週間が過ぎ、となるから、この21日目すら飛んでるからわかんないままで、これから先のエピソードで回想とかで語られるかなあ? と期待はするんだけど。
矢晴は、この21日目、の後に、酒を探して部屋を荒らして、食事中の会話で純の夢を聞いて自分の価値暴落を感じてるから、数日の間で連続して、“純に断られてる”みたいな気分にはなってそう……というところで、決定的なのが同居1ヶ月目の前日、になるのかな。純が楽しげにビデオ通話で何時間も友達と話してるのを階段で聞いて待ち続けちゃって、「純には私がいなくてもいい、私には純しかいないのに」みたいな気持ちが高まっちゃった感じはすごいする。
そんな矢晴の心境をわかってるのか、わかってないのか、どうなのか。同居1ヶ月目のお酒飲んじゃった矢晴が粗相したのを、咎めもせずに風呂に入れてやり洗ってやり。『これは「祈り」だけどね』『世界は変わらないけど』『世界が綺麗に見える時間はこれから増えていくよ』ってどういう気持ちで言っちゃってるのよ? 純!? みたいな気持ちにはなる。矢晴に芽生えた恋心が成就するなら、世界は薔薇色になるだろうけども。純の言葉は綺麗で前向きでとても良いことを言っているようには思うんだけども、矢晴の心情を無視してるみたいな気にはなってしまって。
これが、矢晴の気持ちをわかってて、それに応える自信があるから、ならいいんだけどなあー! と、大いに今後のBL展開に期待を寄せつつ。
【上薗純、曰く(3)後編】終わり。
2月20日に枠取り兼ねつつ途中までの感想を書いて、その後、のんびりじっくりでちょいちょい更新してたけど、とりあえずやっとこ書き終わったのが3月11日なので、20日くらいかかった感じ。ところどころ、それは感想か? みたいなところがあるけども。
【上薗純、曰く】は33ページ、38ページ、31ページ、24ページのトータルで126ページ。現在14話までの総ページ数が467ページなので、けっこうなボリュームではある。「6年後にペン入れし直してたぶん1000ページくらい」というと、40〜45話の全話各24ページにするなら、くらいの感じかな? と思える。いまのところ、総ページ数確実に1500ページ超えそうな気配しかない。たくさんでうれしい。
【上薗純、曰く(3)】の純は、純視点での物語進行ではあったけども、【上薗純、曰く(1)(2)】に比べると、純の心情があまり出てないから、純のことも矢晴のこともよくわからない感じがした。とはいえ、矢晴を思う純のことや矢晴のために純がすること、考えてることはしっかり描かれている。この子になら大事な矢晴を預けておけるわ、という気分になる。なるはなるけど、矢晴が矢晴ゆえに純に素直に恋心を打ち明けられそうな感じがしないので、これから先も大変そうだなあ……という気がする。
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