矢晴の家族

 矢晴が家族に抱く感情もよくわからないし、矢晴の家族の状態やら有り様やらもわからないはわからない。わかることを拒否しているのかもしれないし、ただただわからないだけかもしれないし。

矢晴の主観による矢晴の家族の話で、矢晴にとってこの家族は普通だけど、世間から見れば異常なんだろうとか、家族として狭い家のなかで一緒に暮らして過ごしてきたけど家族としてわかりあえることもなかったそれぞれが孤独だったとか、辛かったんだろうな、みたいには思う。

矢晴自身が言葉が溢れてしゃべりたい人だし話した内容に対してなんらかの共感や返答を欲しがる人のようだから、うまい返しをしてこない家族に対して諦めもあろうけども、うまい返しができない家族側もそれなりに辛いのでは? と思う。

ただ矢晴が一方的にしゃべって満足するタイプだったら、口をはさむこともなくうんうんと静かに聞いてくれそうな両親がいるのはうれしかったかもしれない。

『しゃべってくれないので報連相もあまりしてくれない』と矢晴は言うけど、そもそもお母さん近所付き合いしてなさそうだからそういった情報を知らないよな……と、「くれない、くれない」とやや責めるような矢晴の言い方にちょっとお母さんに同情してしまう。

矢晴の両親ともになんらかの障害や特性があるとしても、攻撃性に発露しない真面目で穏やかな両親から、矢晴の性質が優しい穏やかな子で生まれてよかったなあ、とは思う。これが手に負えないくらいのヤンチャだったり攻撃性があったりしたら、育て方が悪いって両親が責められて大変なことになってそうだし。

お母さんは「できてないと怒られたくない」気持ちが多分にあって、家事をして子どもたちを育ててきただろうなと想像するけど、コミュニケーションには難はあれどもあれだけ健やかに子どもたちを育てられたのはすごいと思う。無関心での放置によるコミュニケーション不全というわけではないし。

生活にも特に不自由なく、進学にも障害がない、というだけで矢晴がうらやましくてしょうがない。そんなに恵まれてるのに文句言うな、みたいに言われそうだけど、矢晴にとっては家族の情だとか愛だとか絆だとかがないほうが辛いのかな、みたいにも思う。

矢晴の家族自体は特段の奇異行動もなく攻撃性もなく、だから近所からは「おとなしい奥さん」とか「真面目で静かな旦那さん」くらいの扱われ方だったんだろうなと思える。特に深い付き合いをするようなことはないけども、矢晴の友達の親などが「あそこと付き合っちゃダメ」みたいに子供を制限したりすることがないみたいな。そういうあたりは矢晴が両親を恨むみたいな方向にもいかないし、よかったよな、と思う。

ただそれでも、矢晴は友達の家族が仲良くしゃべって笑ってたりするのが羨ましかったり自分の家族にがっかりしたりしてたかなーみたいには思う。

怒りっぽくなった父親と姉が口喧嘩して、という原因がなにかもわからないけれど、仮説として、姉が性格の変わってしまった父親に病院に行くことをすすめて、父親が「俺を異常者扱いするのか」と怒って喧嘩になった、とかだったりするかしら? と考えてみた。それだと、その時に喧嘩の原因を聞かなかった矢晴がまた自分を責めそうではあるけれど。矢晴自身が病院に連れて行くなんて発想がなかったとしても、すでに病院に行くことを拒否している父親だった、というあたりで慰めにならんかな? と思ってみただけ。

矢晴は中学3年くらいから漫画描き始めてて、高校時代はバイトもしてるっぽいのは、漫画を描く道具とかの費用くらいは自分で稼ごうみたいなところがあったのかなあ? と思える。漫画を描くことを反対されてるわけでもなくて、干渉も邪魔もされてなくて、それはそれでやっぱり恵まれてるんだよなあ、と思う。

ただ、ずっと自由にさせてくれていたのに、突然『辞めろ! 今すぐ辞めろ!!』と怒鳴られて殴られてってのは、本当に怖かっただろうし命の危険も感じただろうし、骨を折られて漫画を描けなくなったら、ってのも怖かっただろうなあ、と。(ただ、すんごい命からがら逃げ出したふうではあるけど、ちゃんとスマホ持ち出してるところが案外冷静に思えたりはした。どうにか助けを呼んだり通報しようとスマホを手にして殴られ続けてそのままスマホ握りしめて逃げ出せたんだろうと思うんだけど。余談)

父親が人を刺したと連絡が来たときには、その衝撃に加えて、殴られたときの恐怖も蘇ってたんじゃないかなあと思える。

矢晴のお母さんはお家のなかではそんなにしゃべってないけど、電話ではけっこう普通にしゃべってるような気がする。相手の顔が見えないほうがしゃべりやすいタイプなのかな? と思える。最後の電話の饒舌さは母親自身がショックをやわらげようと縋ったなにかって感じはするけど、初めてレベルで饒舌にしゃべってくれる母親の話すことがあんなでは、矢晴はたしかに辛かろうなと思う。

『生まれて初めて母に暴言を吐いた』と言う割にはそんなに暴言でもなく、とは思うんだけど。電話越しに矢晴の怒鳴り声を聞いたんだろう母方の祖父母の『ハルコあんたなにしたんね』と矢晴の母親を責めるみたいな口調は気になる。

父親に脳腫瘍が見つかって、性格が変わってしまったのも怒りっぽくなって攻撃的な性格になったゆえに人を刺してしまったことも、腫瘍のせいだけどそれを気づきもせずに放置した家族のせいでもあってみたいに矢晴が自分のことを責めるのがせつないなあと思う。

いつ死ぬかわからない父親の見舞いにも行けないと矢晴が言うから、まだ存命ではあるようだけど、腫瘍のせいで変わったままの性格の父親には怖くて会えないだろうし、腫瘍が大きくなったせいでまともな思考ができなくなってるような父親に会うかもしれないというのも怖いだろうし、みたいには想像する。

ただ、純と一緒に父親の見舞いに行って、純が両親に矢晴さんをくださいしてくれないかな? とは考える。


なんだか思考がそれたまま終わる。

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