矢晴の連載時期
【第22話】で矢晴の連載中に父親の事件のことが知らされたのが、「ちょうど1年前」と表現されていて、ちょうど……? とずっと気になっているけれども。
矢晴自身のA誌での連載はいつからいつまでなんだろう? と改めて考えてみる。
純が、古印葵の布教活動を始めたのが7月なので、連載開始は7月初旬くらいかな? とは思う。6月中旬〜下旬くらいの可能性もあるけど。
A誌自体は、週刊誌な気がするから、週刊誌として考えるけども、毎週原稿が上がらず、1回分の20ページのためにネームを100ページは描いてて、打ち合わせして、1回毎に3回の休載が入るとして、月1くらいの掲載で、4回まで。とすると、最後の第4話の掲載は10月〜11月くらいにはなりそう。
父親の事件が11月らしく、事件の報告があってから半月後くらいで打ち切りにしている。作中の現在が12月だから、まあほぼ1年前、にはなるんだけど。
ちょうど……?
矢晴の最後の掲載が10月として、次の原稿作業をしている間に父親の事件の報告があり、それ以上描けなくなったから、と11月に連載打ち切りにしてもらって10月掲載の第4話で終わらせた、という感じになるのかな。
11月に事件があって、12月に父親の脳腫瘍が見つかった知らせを受けて、作中今が12月だから、母親からの最後の連絡がちょうど1年前、と言えなくもない。
けども、ひっかかるのは、序盤の「1年以上疎遠」とか「1年以上連絡とってない」とかで。去年11月が最後の連絡だったとして、以上にはそれを含むとは言え、なんとなし、1年“以上”ではないんだよなあ……、と重箱の隅をつつきまくりたくなる嫌な性分。
矢晴の言ってることだけならわりとぼんやりしてる部分もあろうかと、と思うんだけど、純曰くのほうで菊池さんも言ってるから、気になって気になって。
だって、作中どう考えても菊池さんと純が小説の挿絵について話してた時、10月なんだもん。矢晴の連載終了が去年11月としても1年経ってないんだもん。もんもんもん。
コメント