忘れたくない気持ちと忘れられない呪い

喫茶店でサインをねだられた時の 【第6話】『この名前ももう捨てたんですけどね』『私は/ずっと覚えてました これからもずっと覚えてます』のシーンの矢晴の気持ちはどうなんだろうなと、考える。【第2話】で連載を投げ出したことを謝って『それで全部終わりにしよう』と、たぶん漫画家であることをやめようとしていたはずのところを、純に引き止められた感じ。漫画家としての古印葵を「覚えてた・これからも覚えている」と言われるのは、「古印葵が生き続けてる」ってことになる。

忘れ去られたら、生きてないことになるし、そもそも存在していないことにもなる。【第1話】『世界はまるで初めから私がいないように振る舞う』【第6話】『みんなに忘れられたから金をもらえなくなって 金がないから全てが不足して 全てが不足したから持っていられたものを落として なにも持ってないからみんなから忘れられる』

【第4話】での『古印葵は死んだと思ってください』という矢晴の訴えに、純は『古印葵が死んだとしてもこうして話せるなら』『私はあなたを一ミリも忘れたくない』『この世があなたを見放して孤独にさせたなら』『孤独があなたを殺そうとするなら』『私があなたを忘れないでいることであなたを守ってあげられる』と抱きしめる。

純にとっては「忘れたくない」という強い気持ちがあるし、忘れられないでいてもらえるってことは矢晴にとってはすごい救いに思えるのだけど、同時に、矢晴を古印葵に縛り付ける呪いでもあるなと、思う。

矢晴は病むほどに古印葵であったってことなんだけども、もし矢晴が古印葵を捨て去ってたら、存在しなくなってしまった古印葵を求める純がいたのだろうか。結局、純も忘れてしまったかもしれない。

【第10話】で『まだ古印葵は死んでない』と純が確信できたことと1年後には古印葵が漫画を描き始めているから、「矢晴自身が古印葵を忘れ去る」という状況は生まれないけども。


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