読者だけが知る情報
漫画論、創作論にもなる気がするが、漫画・小説など物語の創作物は、作者が読んでもらいたいように情報操作がされている。「この時点ではこのキャラクターは知らない(読者も知らない)が、別の視点から見るとこういうことがあったと読者は知る(キャラクターは依然としてそれを知らない)」といった感じで。
たとえば、【第2話 後悔・プライド】にて、矢晴が編集部に呼ばれるきっかけとなった小説の挿絵の仕事。担当編集の菊池は嬉しそうに『この小説の作家さんに古印先生の絵を見せたら好感触でして!/センスが好きって言ってましたよ!』と言っているが、矢晴は断ってしまう。
さらに、矢晴はその打合せ中に四階に罵詈雑言を浴びせられ、『今回も私の何を見て仕事を頼んだんだろう/別に私じゃなくてもいい仕事だった/私じゃない方がいい仕事だった/よく分かった』と考えているが、この挿絵の仕事について、【第5話 上薗純、曰く その(1)】にて、情報が読者に明かされる。
【第5話 上薗純、曰く その(1)】にて『菊池が担当しててC出版と合同で小説出すんだけど挿絵とコミカライズ作家探してるんですよ』『色々探してるんだけど 小説家さんのこだわり強くて厳しくて…望海さんのアシさんや知り合いでこういう系統のイラスト描く人いないです?』と純が担当から尋ねられ、資料を見た上で『古印先生なら透明感と光のカラー得意ですし/こういう生活の一部の切り取り方のセンスいいし雰囲気の方もあってるでしょ?』と、古印葵をすすめる。それに菊池が『私もそう思います! 休業中かもしれませんけど頼んでみます!』と同意し、話が進み、純と矢晴が編集部で出会うこととなる。
『色々探してるんだけど小説家さんのこだわり強くて厳しくて…』と作家探しに難航している案件であったが、『古印先生なら透明感と光のカラー得意ですし/こういう生活の一部の切り取り方のセンスいいし雰囲気の方もあってる』と望海可純に評される『古印先生の絵を見せたら好感触でして!/センスが好きって言ってましたよ!』と「こだわりのある小説家に、古印葵が選ばれた」ことを読者は知る。
【第5話】を読んだ後、【第2話】を読み返すと、矢晴の『私じゃない方がいい仕事だった』という思いに対し、読者は「古印葵が選ばれたんだよ!」などと上薗純サイドの話を知らない矢晴に対して感情が動く。【第2話】での打合せの時点で、菊池が「こだわりの強い小説家に古印葵が選ばれた」ということを矢晴に伝えていたら、挿絵の仕事は断るにしても矢晴の気持ちは違っていたかもしれない。
【第5話】で担当の桜木から「古印葵が来ることになったら日時を教える」と純は約束を取り付けていることと、普段編集部に来るときの純の服装が見えているので、【第2話】での望海可純の登場シーンの「派手な変な柄のジャケット」が「古印葵に会うためのおしゃれ」だったことを読者は知る。【第2話】で編集部に来た純は、「こだわりの強い小説家が古印葵を選んでくれた=古印葵が認められた」と思っているはずで、相当ウキウキだっただろうなと、読者は考えることができる。
それぞれのキャラクターが何を知っていて何を知らないかを読者は知ることができる。後に開示された情報によって、再度読み返した時に発見があり、さらに考えが深まる。何度も読まれること、何度も読ませることを前提に物語は構築されている。
【第5話・第6話】の上薗純視点のエピソードによって、読者は純の内面を知るが、矢晴は知らない。純の内面を知らない矢晴は純に対して恐怖をおぼえる。読者はそれぞれの気持ちを考えて、いくつもの物語を読むことができる。
結論:【売れうつ】は何度読んでも面白い。だから何周もしよう!
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