幻滅する病

 わりと、「この漫画(小説など創作物全般)好きだったけど、作者の人間性に幻滅したから、作品も好きじゃなくなった」という話は多い。

作品の魅力に心酔し、作者を神格化するあまりに、人間としての本性を知った時に幻滅するというのはよくあることかと思われ。政治の話をするなとかもそのたぐい。


【売れうつ】も、当初の急激なバズリから、「売るための仕込み」「どうせすぐ商業化」だのと言われているのはちらっと見かけた。

第5話では、作者さんが『五話目はキャプションとツイート含め、99%の創作に1%のステマを混ぜた実験的なもの』『作家バレしているのですぐ察知されると思っていた自己ツイネタがあまり察知されていないと思い、五話に仕込んだ自己ツイをキャプションに追加。』と、ステマかどうか、というと、むしろダイマな感じだが、作家自身を売るためというよりも、「作家さんが好きなものを紹介した」程度に思う。

【売れうつ】という略称を決めてくれたイラスト投稿【【売れうつ】ただの絵(1)】はキャプションでのお知らせが重要なのだが、キャプションを読まない人もわりといて。キャプション全文をキャプチャして流す人もいて。

閑話休題。イラスト投稿のキャプションを読む限りでは、5月頭の急激なバズリは商業的に売るための仕込みじゃないというのが、はっきりとわかるし、【第5話】のキャプションに『仕事が先5年は忙しいため現在商業化のお誘いはお断りしております。』ということが書かれていて、この作品は商業ベースに乗らないことが告知されている。

作家に対する幻滅のうちのひとつに、「作家が金の話をする」というのもあって、商業ベースに乗った途端に「金の亡者」だの「結局金稼ぎか」みたいなこともあり。それなりに盛り上がった作品も、商業への転換・告知の大失敗で急速にファンが離れて大惨事になったものもあり。

作品を純粋に楽しみたいがために、作家のひととなりは知りたくない人もいれば、身近に感じたいから作家のひととなりを知りたいという人もいる。そこらへん、塩梅がむずかしいだろうなあと思う。なにげない他愛ないひとことで激昂する人もいるから。

溺英恵さんの、pixiv以外にアカウントを作らない、というのも、作品と作者を切り離して作品だけを純粋に楽しめるように自由に描けるように、ということかもしれないし、作者を詮索することで作品に変なノイズが乗らないようにしたいためかもしれないなと、思ったり。

実際のところ、「作家に幻滅した」って幻滅した本人が過剰に相手を神格化して、「理想の作家像」を投影してたからに過ぎず。作家さんには一切の非がないことは多いわけで。幻滅した本人の問題であるのに、「好きだったのに、幻滅させられた」と被害者ぶってる人は多い気がする。「好きだったけど幻滅したからファンやめた」くらいは個人の自由だけど、「幻滅させられた」と相手になにかしら責任やら謝罪やら求めるのは、お門違いだと思う。


【第4話】の矢晴のセリフ『私のこと知れば知るほど幻滅すると思います』の一連シーン見てて、この作品を読み続けている中で「純が矢晴に幻滅すること」が出てきてしまうのかと、ずっと私は不安をかかえてはいるなと、思った。

今のところ、矢晴が狡いことをしても、泥棒まがいのことをしても、なんでも純は受け入れてくれているけども、古印葵を神格化したままなのは変わらず、福田矢晴という人間に幻滅せずにいられるのかどうか……。

ただ、純は、線引きがくっきりきっぱりはっきりしてるから、そこらへんの問題はないのかもしれないかな? とも思っていたりはする。


コメント

ただのファン さんの投稿…
第5話のキャプションがいつの間にやら変更されていて、いろいろの追記はなくなっていた。