恋をすると

 矢晴が自分のことを「馬鹿になった」と嘆いていたりするのを、私は単純に「恋をすると愚かになる」ものだものね、ぐふふ……とか思っていたりしたんだけども、「純に誘導されて知性化ができなくなっている」との考察を見かけて、またまた浅学を露呈して「知性化 とは」と検索したりした。

「知性化」の解説を見ていると、矢晴がそれをしていたのかどうかはわからないけども、純が父親とその友人のエピソードを語った時やら、古印葵の漫画を初めて読んだ時の純の分析の仕方とかが当てはまる感じがするなあ、と思ったりした。

知性化と一緒に「合理化」という言葉も解説されていて、【第16話】で矢晴が『お前のせいだよ私の脳がだめなせいだよ』と言っているのは「合理化」なのかな? と思ったりもしたけれど、別段それで納得してるふうでもないし、自分を責めるついでに純も責めてる感じだなあ、と思う。もうすでに錯乱状態な気がするし。

純も矢晴も「知性化」はしそうな感じがするけど、「合理化」はしなさそーと思った。でも、純の生活は能率的で合理化されてるな、と思う。


ちらっと解説サイト読むだけだから、結局よくわかってないけども、「恋とは、二人で一緒に馬鹿になることだ。」(引用元)って名言があるらしいから、純も矢晴も愚かになってイチャコラしよ? って思う。


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