宗教……?

 純が古印葵教の信者なのだろう、というのは置いといて。

今回の【第15話】は表紙からして仏教って感じはある。蓮華座とかもそういうのだし。純の姿は菩薩って感じなのかなあ? 玄奘三蔵のコスプレかなあ? とは思ったんだけど。定かではない。

『具体的に考えると狭義的になる』と純が話しているところで溶けているのは「小乗」という文字のようで、三蔵も唱えてたらしい、っぽい。

私には、これが何を意味するのかはわからないけども、「大乗に比して小乗は劣る」みたいなことを読んだし、「大乗の流派が他派を小乗とけなした」みたいなことも読んだ。「大乗を主張し小乗を排した」とか、そういうあたりなのか、小乗の教えとかに関係するものなのか。菩薩乗は大乗と呼ばれ、他を小乗として斥けた、とか。

三蔵が向かうのは天竺で、天竺にいるのはシヴァだし菩薩だし、仏は蓮華座に座る。


矢晴は純のことを『きったねえ欲望を蓮華座に乗せてんじゃねーよ糞野郎』と罵る。

よくもまあ、そんな言葉を思いつくものだと。古印葵の言葉のセンス、ハンパねえ……とひれ伏してしまうけども。

表紙絵、「小乗」という言葉、蓮華座、と畳み掛けるように仏教的なんだけども、ストーリーとして仏教押しになっているというよりも、やっぱり「純が古印葵の盲目な信者」とか「古印葵に言われたことが純にとっての天啓」とか、そういったところに着地するための演出、なのかなあ?

くらいまでしか私には想像できない。

蓮は泥のなかから生じる、ってあたり矢晴の言うところの「きったねえ欲望」から花開きそうな、気がするけどなあ…………。

純の新しい扉を観音開きで開いてしまい……? 観音菩薩……? 人を救うはずの菩薩に食べられちゃった矢晴……菩薩じゃない純……?

うううん……むずかしい……。


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